コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~
第5章 胎動
その晩、早速、トゥパク・アマルは、ディエゴ、ベルムデス、ビルカパサ、フランシスコなど、主だった者を屋敷に呼んだ。
さすがに当地のカシーケ(領主)だけあって、屋敷の敷地は広大で、その中央に西洋風の格調高い堅固な建造物がある。
屋敷の周囲には、選りすぐりのインカ族の豪腕たちが随所に配備されており、昼夜を問わず厳しい警護の目を光らせていた。
また、敷地内の広大な牧場には、数百頭のラバが飼われていた。
トゥパク・アマルはこの地のカシーケであると共に以前から大規模な商売も行っており、商隊を指揮して数百頭のラバに荷を乗せ、首府リマや、遥かブエノス・アイレス方面まで旅することもあった。
その夜の会合に際して、トゥパク・アマルはベルムデスの進言通り、スペイン本国へ渡ることのリスクの大きさについて考えた。
彼は、スペイン行きを見合わせる旨を告げた後、集まった者たち一人一人を改めて見渡した。
いずれも、このインカの地を深く愛し、インカの民の解放を心の底から願い、これまでも心と力を合わせてきた者たちばかりだ。
互いに宗教的とも言えるほどの深い絆で結ばれている同志でもあった。
そして、今、自らの決意を告げる時がきたのだ。
「反乱の準備を進めようと考えている」
あの地底から湧き上がるような声で、トゥパク・アマルが言う。
テーブルの中央に置かれたランプの火が、放射状に光を放ち、それぞれの男たちの姿を浮き上がらせた。
異議を唱える者など、誰もいなかった。
むしろ、ここにいる多数の者が、恐らく何年も前から、彼のその決断を待っていたのだ。
緊迫の色と共に、高揚感が部屋の空気に滲みはじめる。
「だが――」
トゥパク・アマルは、全く情を挟まぬ口調で続ける。
「反乱を確実に成功させるためには、隙の無い計画と準備が必要だ。
そして、もちろん、それは最終手段だ。
事を起こせば、インカの民にも多くの犠牲者を出すことは免れまい。
流血をみる前に、できることは全てやらねばならない」
一同も深く頷く。
その瞬間、ランプの炎はその放射状の光をひときわ強め、男たちの決意を秘めた横顔を鮮烈に照らし出した。
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