そこまで言って、マルセラは柱の陰から注意深く辺りを見回した。
言葉を失っているコイユールに、たたみかけるように早口で言う。
「それじゃ、トゥパク・アマル様のことも知らないんだろうね」
「トゥパク・アマル様?」
マルセラは、「あちゃあ!」と言って額に手を当て、それから、真面目な顔になってコイユールを見た。
「あんた、それで、ほんとにアンドレス様の友達なわけ?」
呆れ返ったように呟き、そして、諭すように続ける。
「あの真ん中に座っている黒い服を着た、髪の長いお人。
かつてのインカ11代皇帝ワイナパカク様の直系のお血筋を引いてらっしゃるトゥパク・アマル様だよ。
スペイン王からも、インカ皇帝の直系の子孫だっていうことを一応は承認されてる。
だけど、自分を『皇帝』と名乗ってはいけないって、スペインの国王や役人の奴らから厳しく止められてる。
もう、ほんと、あんた、なんにも知らないんだねぇ……!」
マルセラは唖然とした。
コイユールは、手足が震えてくるのを感じた。
マルセラの説明はこうだった。
スペインの侵略により、スペイン副王トレドの命(めい)で非業の最期を遂げたフェリペ・トゥパク・アマルは、インカ11代皇帝ワイナカパクの子マンコの子である。
当時の冷酷な副王トレドも、フェリペ・トゥパク・アマルの幼少の娘フワナ・ピルコワコの命は許して、彼女にこのティンタ郡内の三村を世襲することにさせた。
ティンタ郡とは、コイユールたちの住むこの地域一帯を指す。
フワナは、この地の豪族コンドルカンキに嫁した。
かくして、植民地下でも連綿と続いてきたコンドルカンキ家の直系の子孫をたどると、第6代目が、今この屋敷のテーブルの中央に座しているトゥパク・アマルとなる。
それゆえ、トゥパク・アマルの正式名は、ホセ・ガブリエル・コンドルカンキ・トゥパク・アマルという。
従って、トゥパク・アマルは、インカ征服直後に無残な最期を遂げたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマルの血をひく、時が時ならば皇位継承者でもあったはずの、正統なインカ皇帝末裔なのであった。
なお、トゥパク・アマルは皇帝の正統な直系の子孫であると共に、今は、コイユールたちが暮らすこの村のカシーケ(領主)でもあった。
そして、現在、彼は34歳になる。