コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~
第4章 皇帝の末裔
コイユールは息を詰めて、その緊迫したやりとりを見守っていた。
身を乗り出すように大人たちの話しに聴き入っているアンドレスの横顔に、ふと視線がいく。
彼は恍惚とした表情で、前方を見据えていた。
コイユールはその視線の先を追う。
そこには、先ほど初老の紳士に「トゥパク・アマル」と呼ばれた、あの中央に座す男の姿があった。
アンドレスの眼差しには、深い敬意の念が宿っている。
それと共に、今、彼の瞳には希望と力が漲り、夜闇を照らす燭台の光を受けてまばゆく輝いていた。
フェリパ夫人が、夕食の支度の進み具合を見るために、召使いたちのいる炊事場へと立ったタイミングをとらえて、急いでコイユールも立ち上がる。
その場の雰囲気から、そろそろ逃げ出したい心境になっていたのだ。
「私もお手伝いします」
夫人はコイユールの気持ちを察して、微笑み、頷いた。
炊事場には、インカ族の召使いたちが数人働いていた。
怪しい行動がないか見張るため、炊事場にも厳重な目を光らせた警護の者がいる。
夫人は召使いたちにねぎらいの言葉をかけながら、食事の準備の進行具合を確かめている。
コイユールも何か手伝おうかと炊事場に足を踏み入れようとしたとき、突然、背後から凛と響く声がした。
「へええ、珍しい。
あんたみたいな子どもが来てるなんて。
イカついオジサンばっかりかと思ったら!」
振り向くと、コイユールの傍の廊下に、同じ年頃位の一人の少女が立っていた。
コイユールと同じような刺繍の施されたインカ族特有の服装をした、褐色の肌の少女である。
だが、コイユールに比べれば、はるかに身奇麗で上質な服装には違いなかった。
身なりからすると貴族の娘という印象だが、まるで少年のように黒髪を短く切り、ターバンのような布を額に巻いていた。
スカートも動きやすいように、わざわざたくし上げている。
「誰?
あんた、見かけない子だね」
少年のような表情をしたその少女はコイユールを上から下まで眺めてから、腰に両手を当てて首をかしげた。
すらりと引き締まった足を広げて立つさまは、本当に少年のようだった。
42