コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~
第17章 苦杯
(そういえば、昨夜もトゥパク・アマル様の手術の前に見かけたっけ…)
アンドレスは、思いに耽ったような目になる。
トゥパク・アマル様の手術は成功したようだった。
コイユールは、手術の手伝いのために呼ばれていたのだろう。
手術前に見かけた時、とても真剣な目をしていたっけ…。
上空を見上げたまま、とはいえ、そんなふうに思い巡らせ始めた彼の目には、もはや空の色は映ってはいなかった。
心の中に占められた思いだけに、今、全神経が収束されていく。
それは、全く、この反乱とは無関係なことばかりだったのだが。
止められぬ思いとなって、これまで無理矢理に抑え込んできたものが、箍がはずれて溢れ出したかのように彼を呑み込んでいく。
(昨晩のトゥパク・アマル様の手術の手伝いって、どんなことをしたんだろう…)
コイユールのことだから、きっと、あの自然療法をやったのに相違ない。
アンドレスの手が無意識のうちに、己の額を押さえ込む。
彼はそのまま、瞼をギュッと閉じた。
(それでは、トゥパク・アマル様の傷口のあたりに手を当てていたのだろうか。
トゥパク・アマル様の腕に、コイユールが触れていたっていうことか――!)
突然、アンドレスの心が、ズキン、と痛んだ。
え、何だ…?!――と、本人自身も、己の心の動きと反応に戸惑い、困惑した念に憑かれた。
治療の手伝いのためなのだから、相手の腕に触れるなんて、あまりにも当然のことではないかと、アンドレスの理性は懸命に己の心を説得しようとする。
(だけど…!!)
今度は足元の緑の草に目を落とした。
考えてみれば、コイユールと知り合ってもう10年以上も経つし、もともとは母上の治療を通じて知り合って、幼い頃からコイユールの施術のことをずっと見てきたのに…俺自身が、やってもらったことって、たったの一度も無かったのではないか?
「そうだよな…それって、どういうことなんだ」
思わず、一人、呟いた。
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