コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~
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発行者:風とケーナ
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ジャンル:ファンタジー

公開開始日:2010/06/20
最終更新日:2012/01/07 14:20

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コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~ 第17章 苦杯
コイユールは、先刻のアンドレスの心の内をそのまま映し出したかのような、激しい憤怒と悲しみと理不尽さとを滲ませた横顔で、ただひたすら黙々と働いていた。

しかも、その表情には、これまでとは何か違う、いっそうひどく思いつめたような悲痛な色が浮かんでいるように思われた。



アンドレスは、時も、場所も、己の立場も、完全に忘れてその姿に見入った。


細い手を上腕の方まで赤々と血に染めながら、彼にとっては、とても直視しがたいような負傷兵たちの惨憺たる傷口に、何の躊躇いも見せず、コイユールの手は触れ、清め、薬を塗り、手を当てて痛みを取り、そして、最後には優しい微笑みを送って力づけていく。


恐らく、もう命の長くはない兵たちばかりだった。

どんな思いで微笑みを送っているのだろう――見つめるアンドレスの目の中で、彼女のその微笑みは、あまりに悲しく儚く見える。


胸が苦しくなって、アンドレスは、慌てて踵を返した。



逃げ去るように治療場を後にするが、どうにも気持ちがひどく急かされるような、何かひどく居た堪まれぬ思いに憑かれ、本営はずれのひとけの無い林の中に走り込んだ。


周囲に人の気配の無いことを素早く確認すると、深い息をつく。

それでも、どうにも息苦しくて、彼は自分の胸に思わず片手を当てる。

そして、また深く溜息をついた。


(本当に、俺は、何をやっているのだろう……)

何にとも、誰にとも、つかぬまま、ただ漠然とそんな思いが込み上げた。


そのまま傍の大木の幹にもたれかかると、全身から力が抜け落ちていくのが感じられる。

脱力したように、その身を大木にあずけたまま、アンドレスはぼんやりと上空を見上げた。

高地の短い夏を謳歌するように緑の葉を輝かせる梢たちの隙間から、正午前の澄んだ蒼い晴天がのぞいている。




何も知らぬ人がそんな彼の姿を見かけたら、天に帰る道を忘れてしまって途方に暮れている、褐色の若い天使のように見えたかもしれない。


かたや、放心しきって空を見ている当のアンドレスの脳裏に浮かんでくるのは、今は、どうしてもコイユールのことばかりであった。
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