コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~
第17章 苦杯
従軍医が、何を言い出すのかとばかり、驚いた表情になって慌ててコイユールを制しかける。
が、トゥパク・アマルはそんな従軍医に、構わない、と目で合図を送ると、「そうか。では、そなたも、わたしと同じティンタ郡の出身なのだね」と、変わらぬ静かな声で応えた。
「はい。
私は、トゥパク・アマル様が御領主様をされていたトゥンガスカの村で、農民の一人として生まれ育ちました。
トゥパク・アマル様、私、あの神殿が大好きで、幼い頃から、よく一人で訪れていたのです。
スペインに侵略されてからは、もう誰もいない神殿ですけれど、あそこに行くと、何か不思議に懐かしいような、心が呼び覚まされるような気持ちになれて…。
特に、夕陽に輝く神殿を見るのが、とても好きでした」
「そうか。
確かに、夕暮れ時のあの神殿は、実に美しい」
トゥパク・アマルも、かの神殿の光景を思い描くように、どこか眩しそうな、懐かしそうな、遠くを見る目になった。
「はい。
それで、私、毎年、雪解けの季節になると、誰よりも早く、一番乗りで、あの神殿まで山を登っていたんです。
ずっと、幼い頃から…。
でも、確か、あれは私が12歳になった年の春、あの年はトゥパク・アマル様の方が私よりも早かった。
いえ、もしかしたら、お会いできていなかっただけで、毎年、トゥパク・アマル様の方が、私よりも早く訪れていらしたのかもしれません」
何を言いたいのか、ともかくも、まるで何かに憑かれたような懸命な瞳の色をして、それでいて、懐かしく思い馳せるように夢中で話すコイユールに、トゥパク・アマルは無言のまま、ゆっくり頷いた。
従軍医がハラハラしながら見守る中、コイユールはトゥパク・アマルの寝台の脇にしっかり膝をついたまま動こうとしない。
コイユールは息を継ぐと、身を乗り出しながら、再び話しだした。
その必死の瞳に、今、清らかな光が宿り始める。
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