コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~
第17章 苦杯
コイユールはひどい驚愕と共に、己の叫び声に耳を貫かれ、カッ、と目を見開いた。
そこは治療の行われていた天幕の中だった。
コイユールの手はしっかりトゥパク・アマルの腕に添えられてはいたが――というよりも、トゥパク・アマルの腕を掴み、爪が食い込むほどに指は硬直し、激しく力が入っていた。
彼女の額からは滝のように汗が流れ落ち、大きく肩を上下させるほどに息が上がっている。
暫し己自身でも何か起こったのか分からず、愕然と目を見開いたまま、焦点も定まらぬ瞳で宙を見据えた。
心臓が張り裂けぬばかりに、激しく鳴り響いている。
手術が終わり、丁度コイユールに声をかけようとしていた従軍医は、彼女のただならぬ様子に目を見張った。
そしてまた、トゥパク・アマルも既に目を開き、尋常ではない様子のコイユールを見た。
己に注がれる二人の視線に、コイユールは自分が声を上げてしまったのだと悟った。
彼女は、いっそう蒼白になって、はじかれたようにトゥパク・アマルの腕から己の両手をはずした。
トゥパク・アマルの腕には、彼女が思わず握り締めてしまった爪跡が残っている。
「ああ…申し訳ありません!!」
コイユールはさらに真っ青になって、その場に平伏した。
「コイユール、一体、どうしたのだ?」
従軍医の驚きと戸惑いの混ざった声に、コイユールは平伏したまま、あとずさる。
そして、己が声まで上げてしまったことを激しく悔やんだ。
(…今のは何?!…――予知夢?!
何にしても、あのような不吉なものを見てしまったなんて、このような大変な時に、トゥパク・アマル様に言えるはずがない…!!
なのに…それを悟られるようなこと…あってはならないのに…私は…!!)
コイユールは頭に血が上るのを覚えながら、僅かに頭を上げ、探るようにトゥパク・アマルの方にサッと視線を走らせた。
トゥパク・アマルの表情は相変わらず沈着そのものではあったが、何があったのだ、という目でこちらを見やっている。
コイユールの横顔を冷や汗が流れた。
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