二人は大急ぎで手術の準備を整え、トゥパク・アマルの天幕に向かった。
天幕に入ると、やはりトゥパク・アマルは意識を保ったまま、自分の前に側近たちを集めて何やら話をしている。
「オルティゴーサ殿、そなたは全ての兵たちに軍の現状を伝え、十分にその労をねぎらっていただきたい。
決して、必要以上に不安を覚える必要はないと。
クスコを奪還できなかったことが、全ての終わりではない、と。
…そして、ディエゴ、そなたは、あのインカ族の敵将について情報を集めてほしい。
どのような些細なことでも何か知る者がいないか、義勇兵たちも含め、広く聞き込みを行っておくれ。
アンドレス、そなたは、兵たちの受けた被害状況を調べてきておくれ。
それから……」
搾り出すような苦しげな声ではあったが、各側近たちに澱みなく指示を送っていく姿に従軍医は目を見張った。
全く、あれだけの傷を負っていて、意識があるだけでも信じがたいというのに。
従軍医は、改めて驚きと密かな感動を抱きつつ、手術の準備を整えていく。
多分、このおかたなら術中の苦痛にも耐え抜かれるであろうと、内心、算段しながら。
トゥパク・アマルの指示を受け、早速、各側近たちが天幕から散っていく。
アンドレスも立ち去りかけて、だが、その時、ふと、コイユールの姿が目に入る。
にわかに高まる胸の鼓動を覚えながらも、彼女に気付かれぬよう距離を保ちつつ、そっと横顔をうかがった。
コイユールは唇をギュッと結び、いつになく真剣な眼差しで手術の準備を進めている。
その目つきは、目前の大仕事への決意と緊張からか、ひどく険しくさえなっていた。
アンドレスの存在すら、今は全く目に入っていないようだった。
アンドレスには、従軍医が何故ここにコイユールを連れてきたのか察することができた。
彼は己の胸に溢れ出す感情を抑えながら、緊迫した現実へと自らの意識を懸命に繋ぎ止め、そして、今、コイユールのためにできる精一杯の気持ちを送ってみる。
(コイユール、頑張れ!!)
優しい微笑みをその目元に浮かべ、アンドレスは心の中で強くコイユールに呼びかけた。