コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~
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発行者:風とケーナ
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ジャンル:ファンタジー

公開開始日:2010/06/20
最終更新日:2012/01/07 14:20

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コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~ 第17章 苦杯
苦痛に耐えながらも、己の方に真摯な礼を払おうとするトゥパク・アマルの様子に、従軍医はいっそう深々と頭を垂れた。


従軍医は急いでコカの葉を取り出し、トゥパク・アマルの前にそれを恭しく差し出した。

当地におけるコカは、「麻薬」というより、むしろ、鋭気を養い、苦痛を緩和する効用を有する珍重な薬用植物で、アンデスでは古来から愛用されてきた。


「トゥパク・アマル様、どうかそれをお噛みください」

そう促しながらも、従軍医は心の中でじっと思案する。

まともな麻酔などまだ無いこの時代、トゥパク・アマルに未だ意識があることは、手術を進める上では逆に不都合であったのだ。

このままでは、術中に伴う苦痛を、直接的に感じ取ることになってしまうであろう。

前記のコカや、また、他にもキニーネやセネガなどの麻酔効果のある薬草を利用するとしても、甚大な苦痛は避けられまい――と、そろそろ初老の年齢にさしかかるこの従軍医の眉間の皺は、ますます深くなる。



従軍医は暫し思案に暮れた挙句、ゆっくり顔を上げた。

いちかばちか、あの娘の不思議な力を借りてみよう――!


「急ぎ必要な道具を取りに行って参ります」

そう言い残すと、従軍医は足早に本営の一隅に設けられた負傷兵の治療場に向かう。





負傷兵でごった返したその場所は、思わず嘔気を誘うほどの血肉と汚物の臭気で満たされていた。

負傷兵たちの苦悶に満ちた悲痛な声が、辺り中に渦を巻いている。

今回の戦闘における惨状を、そのまま象徴しているかのようなあまりにむごたらしい情景であった。


その雑踏の中に足を踏み入れながら、従軍医は近くで看護に当たっていたインカ族の女性に声をかける。

「コイユールは、どこにいるかね?」

「コイユールなら、あちらに」

女性が指差した方向を見やると、目を覆いたくなるような重症を負った兵の傍に、ガックリと肩を落として身を屈めているコイユールの姿があった。


従軍医がそちらに急いで歩み寄ると、銃弾に撃ち抜かれた傷口からとめどなく血を流した兵が、今まさに、最後の息をひきとったところであった。

その兵の前で、治療のために彼女自身の両腕をも夥しい真紅の血に染めたまま、深く首をうなだれている。
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