コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~
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発行者:風とケーナ
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ジャンル:ファンタジー

公開開始日:2010/06/20
最終更新日:2012/01/07 14:20

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コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~ 第15章 使者
その晩遅く、アンドレスは天幕を抜け、一人、野営場の一隅にあるクスコを見下ろす高台に立っていた。

時々、衛兵が恭しく目礼をして通り過ぎる以外は、辺りは全くの静けさに包まれている。




彼は、腰に提げたサーベルの柄を握り締めると、ゆっくり鞘からそれを抜いた。

己の目の前に、その刃物を水平に翳してみる。

白銀の月明かりを反射して、側面が濡れたような鈍い光を放つ。


アンドレスは、その手の中の重みを確かめるようにしながら、黙ってサーベルを見つめ続けた。

脳裏に、あのサンガララの激戦での、血生臭い光景が甦る。


あの時、討ちかかりくるスペイン兵を、まるで殺人鬼さながらの残忍さで無数に斬り刻み続けたその所業は、今思い起こしても、激しい嘔気と悪寒を誘う。

サーベルを握り締める指が僅かに震える。

明日のクスコ戦の激しさは、あのサンガララ戦でさえ、その比ではないはずだ。

双方、文字通り、血で血を洗う修羅場になるに相違ない。


インカの民にとって、現在も変わることなく精神的支柱であり、なお且つ、経済的にも、政治的にも、首府リマに次ぐ重要な機能を有するこのインカの旧都の奪還は、此度の反乱の成否を決定づける重要な鍵となる。

一方、スペイン側にとっても、同様の理由から、絶対にインカ側に譲り渡すことのできぬ重要な都である。

クスコをなんとしても死守したいのは、スペイン側も同じはずだ。

インカ側にとっても、スペイン側にとっても、クスコをその手中に握るためならば、もはやいかなる犠牲も厭わぬ覚悟である。



アンドレスは、己の目の前に翳したサーベルを見据えた。

鈍い鋼色をしたその姿は、不気味に無言のまま、明日の獲物を待ち侘びる残忍な怪物のようにさえ見える。


(――そうとも!
おまえが求めている血を、明日は存分に吸えるのだ。
喜ぶがよい!!)

サーベルに心の中で吐き捨てるように呟くと、彼は無造作にそれを鞘に収めた。

ムカムカと胸の中に吐き気が広がる。
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