え?…――不意にアンドレスの名が出て、コイユールはまだ涙の滲むその目を瞬かせる。
それから、インカ軍に加わったコイユールに全く声もかけてこないアンドレスのことを、以前、「冷たい」とマルセラが言ったことを思い出した。
なぜマルセラが前言撤回したのかはコイユールには分からなかったが、きっとアンドレスとマルセラの間で、彼女の心を溶かす何かがあったのだろうと察することができた。
コイユールは、優しい眼差しで頷いた。
彼女の脳裏にアンドレスの面影がよぎり、再びせつない感情が動く。
「アンドレス」――その名が出るだけで、せつなげに瞳を揺らすコイユールの姿に幾度か触れる中で、今や、マルセラも、コイユールの中にあるアンドレスへの特別な感情を十分に悟っていた。
そんな友の気持ちを察するように、マルセラは心を込めた声で続ける。
「もうずっと前だけど…、コイユール、あんたが義勇兵に加わったことを伝えた時、アンドレス様は本当に嬉しそうにしていたんだよ」
コイユールの目が見開かれる様子に、マルセラは微笑み、しっかりと頷いた。
「だから信じていいと思う。
アンドレス様は、あんたのこと、きっと今も大事に思っているに違いないよ」
「マルセラ……!」
胸が詰まって言葉を続けられずにいるコイユールに、「よおし!何だか、元気出てきたよ!」と、マルセラは明るく笑った。
「じゃ、朝になったら、しっかり祈っといてよね!!」
しなやかな右手を上げて颯爽と踵を返すと、マルセラは、インカ軍幹部の天幕がある方向へと戻って行った。