やがて、静かに手を添えるコイユールの瞳の奥に、遠い昔の母親の姿が甦ってくる。
幼い頃から好奇心が旺盛だった彼女は、よく怪我をした。
母親は「まあ、コイユール、またなの?」と呆れ顔をしながらも、いつも娘の傷口に優しく手を添えたものだった。
母親の手は温かく、どんな薬草よりも効き目があった。
それは単なる気のせいや気休めとは、少し種類の違うものだった。
頭痛、腹痛、腰痛などの痛みや怪我、病気、時には精神的な疾病にも効果があった。
今で言うところの「手当て療法」に似ているかもしれない。
それは、コイユールの家に、インカ時代から代々伝えられてきた秘伝の自然療法であった。
どちらにしても、コイユールにとっては、優しく母に触れてもらえるということが、何よりもただ純粋に嬉しかったのだが。
スペイン人により「ミタ(強制労働)」という名目で、両親が命を捧げる鉱山に駆り出されることが決まった時、まだ幼かったコイユールに母親はその秘伝のシンボルと祈りの言葉を伝授した。
すべてを伝え終わってから、母親はコイユールの目を優しく見つめて言った。
「このことができるようになっても、それは、コイユール、おまえが特別な能力をもっているということではないのよ。
それを忘れないでね。
お日様やお月様やこの宇宙が、私たちのこの手を通して、そのお力を送ってくださっているだけなの。
私たちは、ただそのお力を通すための道具としての役割を果たしているだけ。
どんな人も、みんな、それぞれにいろんな役割をこの世界の中で果たしながら、目に見えない糸でつながって、支え合いながら生きているのよ。
だから、このことをして、お金儲けに使ったりしてはいけませんよ。
コイユールにはコイユールの、別の人には別の人の、それぞれの役割があって、そして、そのどれが偉くって、どれが偉くないとか、そんなことは全然ないのだからね。
このことを、よおく憶えておいてね、コイユール。
人は、みんな同じように価値のある存在だということを」