コイユールは、記憶を吹き飛ばすように、思い切り頭を振った。
そして、険しい目で前方を見据え、意識的にアンドレスのことは考えまいとしながら、当ても無く野営地を歩み始めた。
力無く歩む彼女の足は結局は向かう場所など無く、いつの間にか、自分の属するビルカパサの連隊が天幕を張る界隈へと戻ってきていた。
そのまま所在無く歩いていると、5~6名の馴染みの兵たちが天幕の片隅で円陣を組み、笑顔になったり、時に深刻な表情になったりしながら、談笑している様子が目に入る。
コイユールも、ふらりと、そちらの集団の方に足が向く。
その円陣の中心に陣取っているのは相変わらずあの黒人青年ジェロニモで、彼はやや興奮気味に、周囲の兵たちに何やら夢中で説明している。
「それが、ホントに、すごかったのサ!!
いや…いつも、全く、驚くばかりなんだけどね。
だけど、今日は特に凄まじかった!!
馬に乗ったり、下りたりしながらサ、蒼く光るようなサーベルを振り翳し、次々と敵を薙ぎ倒していくんだ。
いや…本当に、人間ワザとは思えない…ちょっと、あれを間近で見たら、ゾッとするくらい…だぜ、全く…!!」
恍惚とした表情で身振りを交えて語るジェロニモを、周りの兵たちも顔を輝かせながら、あるいは、やや慄きの眼差しで、固唾を呑んで聞いている。
そんな仲間たちを前にして、ジェロニモがさらに続けていく。
「だけど、いつもあんなに派手に振舞っていちゃあ、幾ら命があっても、足りないっても思うぜ。
戦場じゃあ、目立つ奴ほど狙われるのが常だ。
ましてや、辺りには、鉄砲の弾がガンガン飛んでるんだしナ!」
「そ…それって、誰のこと…?」
「――え?!」
不意に背後から声がして、ジェロニモたちが一斉に振り返った先には、いつからそこにいたのか、コイユールの立ち竦む姿があった。
「なんだ、驚いた!
コイユールか。
戻ったの?」
驚いて声を上げるジェロニモの視線の先で、コイユールは完全に顔色を無くし、強張った表情でこちらを凝視している。
「今、話していた人って、誰のこと?!
まさか…アンドレス……?」
「え?」と、やや訝しげな面持ちになりながらも、ジェロニモがありのままに答える。
「ああ、今のはアンドレス様のことだよ。
コイユールはよく知らないかもしれないが、インカ軍の最年少の連隊長さ」