コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~
第14章 忍び寄る魔
従軍医と共に負傷兵の治療場へ戻ったコイユールではあったが、今しがたの、思いがけぬアンドレスとの再会に、心はすっかりここにあらずの状態になっていた。
三年以上前に会って以来、この反乱が始まってからは、同じ陣営にいながらも彼女の前には全く姿を現さぬアンドレスの真意は、彼女には推測することしかできなかった。
歳月が経ち、もはや自分のことなど忘れてしまったのか、あるいは、彼の立場や責任の重さ故に安易な行動をとれぬためなのか……。
だが、先刻のアンドレスの瞳の色は、そして、あの時の瞬間に覚えた感覚は、彼女の心に熱い波紋を投げかけずにはいられなかった。
いや、アンドレスの真意は、結局は今も分かりはしない。
相手の己に対する感情がどうであるかということよりも、むしろコイユールは、相手に対する己の感情の強さを再び真正面から突きつけられた思いだった。
ふと気付くと、完全に上の空になっていた両の手は、全く誤った薬草の調合をしているではないか。
(いけない…しっかりしないと!!)
少し頭を冷やしてこようと治療場を出ると、いつしか雪のやんだ夜の野営場のそこかしこからは、煮炊きされた温かな食物の匂いや湯気が漂ってくる。
そんな、どこか懐かしく優しい空気の中を歩んでいると、祖母のいる故郷が無性に恋しく思い起こされてきた。
「お婆ちゃん、どうしているかしら」
しかし、たちまち故郷の連想の中から祖母の姿は消えゆき、やはり、そこに現われ出でてくるのは、まだ少年だった頃の懐かしくも愛しいアンドレスの姿ばかりである。
彼女の胸は、いっそう切ない思いで締めつけられた。
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