コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~
第14章 忍び寄る魔
従軍医は、トゥパク・アマルらを前にして、かなり緊張した様子ではあったが、それでもビルカパサの傷口の手当てを慎重に進めていった。
彼の指示のもと、コイユールも丁寧に血を拭い、傷口を拭き清めていく。
そして、指示通りに、薬草を調合する。
アンドレスの存在を近くに感じると手元が狂いそうで、彼女は必死で為すべきことに集中しようと努めた。
「ビルカパサの怪我の様子は、どうであろうか」
トゥパク・アマルが、深く案ずる面差しで従軍医に問う。
「はい」と、従軍医はひどく畏まってトゥパク・アマルに深々と礼を払い、それから、緊張の滲む声ながらも、しっかりと答える。
「ビルカパサ様の傷は浅いとは申せませぬが、幸いにも、お命にさわるほどではありますまい。
ただ、傷を負ってから時間も経っており、お体へのご負担がかなりきております。
今夜は、高熱になるやもしれません」
そう伝えると、恭しい手つきで、指示をしてコイユールに調合させた薬草を掲げた。
「こちらの薬を、お飲みいただいてください。
高熱に効きましょう。
お怪我の方は、定期的にお薬を塗布しに参ります。
時間はかかりますが、徐々に回復いたしましょう」
この有能な従軍医の言葉に、トゥパク・アマルもディエゴも、そして、アンドレスも深い安堵の表情になった。
「ご苦労であった」
トゥパク・アマルが、深い礼を込めた真摯な声で言う。
従軍医はいっそう深々と頭を下げ、同じくコイユールも深く頭を下げた。
それから、従軍医の後に従い、彼女はアンドレスの方に大いに気持ちだけ残しながらも、天幕を後にするしかなかった。
アンドレスもどうすることもできぬまま、ただその瞳だけで、去りゆくコイユールの後ろ姿を必死に追った。
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