コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~
第3章 邂逅
「今、ちょうどクスコから戻ったところなんだ。
コイユール、元気にしていたかい。
ここの冬は、今年もきつかったろう」
アンドレスはいたわるように声をかけながら、コイユールの元気そうな姿にふっと安堵の吐息をついた。
彼はインカ族の人々の生活の厳しさを、その現実を、知っていた。
「私なら大丈夫。
それより、アンドレスこそ、クスコではちゃんと落ちこぼれずにお勉強についていけてるの?」
コイユールはわざといたずらっぽく、少年の瞳を覗き込んだ。
「あったりまえだろう。
俺はこう見えても、あの学校じゃあトップなんだぞ」
アンドレスもいたずらっぽく笑ったが、その瞳には嫌味のない自信が溢れていた。
「またあ!」
そう笑いながらも、彼のことを身近に知っていたコイユールは、それが誇張ではないことを直感的に感じた。
そして、御曹司に似合わず、昔から自分を「俺」と呼ぶ様子も変わっていないことに安心感を覚えた。
アンドレスは数年前からインカ帝国の旧都クスコに送られ、そこで名家の子弟たちが学ぶための特別な学校で教育を受けていた。
その学校はスペイン人によって建てられたキリスト教の神学校で、亡きインカ皇帝または貴族の血をひくインカ族の子どもたちが集められ、学ばされていた。
少年の身なりは、その学校の制服である。
帯に飾られたスペインの紋章は、それ故のものだった。
現在は25名ほどの男児たちが、スペイン渡来の知識人たちによって、キリスト教、ラテン語、スペイン語、ケチュア語(インカの公用語)などの高等教育を受けている。
もちろん、スペイン側にとって不利になるような危険な思想には、このような場所では触れることはなく、むしろスペイン側にとって危険となる政治的思想から特権階級の少年たちを隔離し、自分たちに都合よく教育するという狙いもあったのだろう。
生活は学校付属の寄宿舎に入れられており、外界とは隔絶され、故郷に戻ってこられるのは年数回の長期休暇のみだった。
コイユールはアンドレスの血統のことは何も知らなかったが、集落の噂で、フェリパ夫人の家系には特別な背景があるらしいことは聞いていた。
しかし、彼は全くお高いところがなく、どんな身分の誰にでも分け隔てなく接した。
コイユールは、彼のそんなところが好きだった。
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