同じ頃、トゥパク・アマルもまた、一人、天幕を抜けて深夜の白い月を見ていた。
滑らかな月の光は流れるように地に注ぎ、彼の漆黒の影を静かに後方に引いていく。
真夜中の木立を吹きぬける冷風に揺られながら、サヤサヤと繊細な音を奏でる木の葉にも、月明かりが濡れたように反射している。
彼の長い黒髪が、風の中に溶け込み、音も無く舞っている。
辺りは、実に幻想的な眺めだった。
戦乱の足音が着実に近づいているというのに、この静けさは何だろう。
いずれが夢か現(うつつ)か分からなくなりそうだ。
嵐の前の静けさ、さしずめ、そのようなところであろう。
トゥパク・アマルの思念に呼応するがごとく、突如、静寂を破って甲高い声を発し、一羽の黒い鳥が茂みの中から上空指して飛び去った。
彼は飛び去る鳥の黒い影を目で追った。
黒い影は、たちまち深藍色の天空に吸い込まれるように消えていく。
それは、かのインカ帝国の旧都――クスコがある方角だった。
トゥパク・アマルは、直観した。
クスコに反乱の情報が伝わったに相違ない。
険しい眼光で上空を見据える彼の全身に、追い討ちをかけるがごとく、一陣の強風が吹きつける。
彼の纏う黒マントが、巨大な漆黒の翼のように、バサリと音を響かせながら大きく風の中に翻った。
いよいよ戦闘の真の幕開けだ――!!
月明かりを美しい目元に反射させながら、強い決意を秘めた横顔で、トゥパク・アマルは天頂を振り仰いだ。