こうして、様々な者たちの活躍する中、戦乱の渦へと、刻々と事態は進みつつあった。
それでも、世界はいつもと変わらず、朝がきて、昼が過ぎ、そして、夜が訪れる。
インカ軍が進軍をはじめて、はや数日が経っていた。
この頃になると、義勇兵たちも徐々に新たな環境に慣れてきて、分担の作業や訓練の合間には、それぞれにちょっとした小休止をとる時間を捻出できるぐらいにはなっていた。
夕刻時、その日の訓練を終えたコイユールは、炊き出しの準備に向かいながら恨めしそうに棍棒を見下ろした。
そして、小さく溜息をつく。
ちっとも上達しない自分に呆れてしまう。
実際、義勇兵たちのうちから戦線に出られる者は、その訓練の成果を専門兵から認められた者だけだった。
もともと運動神経のよいあの黒人青年ジェロニモなどは、早い段階でその腕を認められ、既に戦線に参戦している。
軍の中枢部からすれば、義勇兵の大切な命の保護を考えての配慮によるシステムであったが、コイユールのような認められぬ者にとっては、少なからず虚しさを覚えさせられるものだった。
何か、自分が無力で、存在価値が無く思えてきてしまう。
コイユールは、人気の少ない道端で足を止めると、また溜息をついた。
それから、考え深気な目になって、ゆっくり顔を上げる。
暮れかけの夕焼けの今日の空は、どこか不気味に赤黒く、いつにも増してその胸をざわめかせる。
一見、勢いを増しながら着々と進軍を続けているかに見えるインカ軍ではあったが、事態は決して楽観できるものではないことを彼女は察することができた。
逃走したキキハナの代官がクスコに到達すれば、いよいよ本格的な戦闘に突入するはずだ。
避けられぬ激しい流血の時が、確実に近づいていることは明らかに思われた。
コイユールは、まるで血のような色の空を見た。
脳裏に、血生臭い、ひどく不穏なイメージが急激に湧き上がる。
そのような想念を慌てて振り払って、彼女は故郷のことに思いを馳せた。
(おばあちゃん…!
どうしているかしら――)
「コイユール!」
その時、ふと背後から自分を呼ぶ声がした。