コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~
第12章 進軍
トゥパク・アマルは、しばし思慮深げな面持ちでディエゴを見つめていたが、やがて静謐(せいひつ)ながらもゆるぎなき声で言う。
「いや、そなたには、早速、分遣隊として兵を率い、近隣の郡に進軍してほしい。
同盟を結んでいる各カシーケ(領主)たちを助け、統治下に置く地を増やし、我らの元で共に戦ってくれる兵を募るのだ。
いずれにしろ、スペイン軍の討伐隊が向かってくるのは時間の問題であろう。
それまでの間に、我らインカ軍の兵力を増強しておかねばならぬ」
傍でやりとりを見守っていた当インカ軍本隊の参謀オルティゴーサも、トゥパク・アマルの意見に同意した。
「トゥパク・アマル様の仰る通り、もはやスペイン軍との戦闘は時間の問題だ。
まだ兵力の乏しい分遣隊を率いて各地に出征できるだけの実践力があるのは、今のところ、ディエゴ殿、そなたしかあるまい」
トゥパク・アマルと参謀オルティゴーサに熱い眼差しで見据えられ、ディエゴは己の厚い胸板をドンッと叩いて、勇ましい笑みを見せた。
「ありがたきお言葉!
では、早速にも!!」
ディエゴの力強い返答に、トゥパク・アマルも「頼んだぞ」と、精悍な横顔で頷いた。
そのような面々の様子に、アンドレスも、敬意溢れる澄んだ瞳を輝かせている。
しかし、では、逃亡した代官を追うのは、どの者が――?!
思い出したように、側近一同の間に緊迫した沈黙が流れる。
そのような空気の中、先ほどから、ビルカパサが、騎馬のまま一歩を踏み出しては、こらえるように一歩引くことを繰り返していた。
そして、今一度、前に踏み出しかける。
だが、彼には、いつ如何なる時でもトゥパク・アマルを護るという使命があり、その主(あるじ)の元を容易に離れるわけにはいかなかった。
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