ペルーの南部高原に、かつてのインカ帝国の聖都クスコがある。
そして、トゥパク・アマルがカシーケ(領主)を務めるティンタ郡は、そんなペルー南部高原に位置していた。
この郡は、南北に約180キロ、東西に約90キロほどの広さで、美しい谷を中心に、肥沃な農地が発達している。
現在、トゥパク・アマルは、そのティンタ郡内のスリマナ、トゥンガスカ、パンパマルカの三村を治めており、領民数は約2万、その大部分はインカ族の者たちで、スペイン人から「インディオ」と呼ばれる人々であった。
中でもスリマナはトゥパク・アマルの生まれ故郷でもあるが、現在は、トゥンガスカの地に屋敷を構えて暮らしている。
そんなトゥンガスカの村はすれの山間に、一人の少女の姿があった。
その少女コイユールは、集落から離れた山道の高台に立ち、この谷の背後に広がる美しく壮大な山々をまぶしそうに見つめている。
眼前には、遥かに連なるコルディエラ山脈の霊峰がそびえ立ち、山頂には白銀の残雪がまだ厚く残っていた。
季節はまもなく初夏になるが、アンデス高地の空気は冷たく、そして、とても澄んでいる。
特に、このあたりの気候は、アンデスの中でも、いっそう厳しく、寒いのである。
コイユール――「コイユール」とは、インカの言葉であるケチュア語で「星」を意味する――は、涼しげな目元をした、今年12歳になる少女だった。
青銅色に輝く褐色の肌は、彼女がインカの民の末裔であることを示していた。
艶やかな長い黒髪を三つ網にして、華奢な両肩の前に垂らしている。
彼女のまとう、質素ながらも彩り豊かな刺繍の施された長いスカートは、この地域の一般的な平民の普段着である。
フワリとしたスカートが、まだ冷たい初夏の風にパタパタと音を立ててなびき、その裾からほっそりとした足首がのぞいている。