コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~
第9章 若き剣士
アンドレスは蝋燭の影が揺れる天井を見つめた。
トゥパク・アマル様が、あのアパサ殿に勝った――。
アンドレスの胸が熱くなった。
彼の脳裏に、トゥパク・アマルの姿が甦る。
最後に会った時、トゥパク・アマルは自分を真っ直ぐに見つめて言っていた。
『アパサ殿は、わたしが見込んだ、なかなかの優れた武人だ。
そなたは、いずれ我々の反乱軍を率いる将となる運命にある者。
その身に、そして、その心に、武人として相応しい技量をしかと身につけてくるのだよ』
(トゥパク・アマル様!!)
アンドレスの天井を見つめる横顔が鋭くなる。
その瞳には、再び強い光が甦りつつあった。
翌朝、東側の窓からまばゆい朝日が射し込む頃、アンドレスは目を開けた。
身を起こし、自分の体の様子を確かめる。
さすがに若いアンドレスは、一晩しっかりと休養をとったおかげで、体の痛みも、体力も、かなり回復しているようだった。
彼は勢いよく寝台から飛び出し、窓を大きく開け放った。
早朝の新鮮な風が流れ込む。
それから、昨日は全くそんな余裕も無かったが、今は、与えれた部屋をゆっくりと見回すことができた。
巨大な丸太を何本も組み合わせて造られた壁は堅固で重厚なおもむきがあり、部屋に置かれた寝台、机、本棚などの家具も、いずれも素朴な木造りながらも、どっしりとした重量感と格調高さを感じさせるものばかりだった。
本棚の前に行ってみると、そこには戦術の書物がぎっしりと並んでいる。
二階にあるその部屋は明るい陽光がふんだんに射し込み、窓からは乾いたこの土地に所々林立する瑞々しい緑の木々が遥々と見晴らせる。
この土地の有力な豪族でもあるアパサの屋敷は、シカシカの集落の郊外にあり、広大な敷地を有している。
隣接する他の館までの距離も遥かに遠く、この屋敷から臨む荒涼としつつも雄大な風景からは、このシカシカの集落が、実は商業の盛んな賑わいある町であることを忘れさせる。
部屋の造りといい、見晴らしといい、多分、この屋敷でも、特別に良い部屋に違いなかった。
自分が大切な客人として礼をもって扱われていることを、アンドレスはこの時、はじめて認識した。
彼は、新緑の薫る爽やかな風を胸いっぱいに吸い込んだ。
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