時は1774年のペルー。
インカ帝国が侵略され、スペインの植民地となってから約200年の時が経っていた。
今では、この国の権力は一部のスペイン人の特権階級の者に集中しており、その政治的中枢も、かつてのインカの聖都クスコからスペイン人によって築かれた首府リマへと移行していた。
そのリマにある壮麗な邸宅で、一組の書類に目を通しているスペイン人の男がいた。
植民地全権巡察官ホセ・アントニオ・アレッチェである。
この人物は、スペイン国王の命を受け、この植民地ペルー副王領の行政を監督するために数年前から当地に渡っていた。
背が高く、がっしりとした肩幅の30歳代後半位の男で、いかにもスペイン人らしい彫の深い顔立ちをしている。
髪や目の色は濃い黒で、その眼差しは冷徹であり、眼光には他者を射竦めるような鋭さがあった。
彼は、当時、ヨーロッパの中でも世界を震撼させ得る強大な海軍力――英国の海軍力の台頭により、その威光はやや傾きかけているとはいえ――を誇るスペイン国家の人間であることに、非常に高い誇りをもっていた。
一方、「インディオ」のたむろするこの未開の国を、そして「インディオ」を、ひどく蔑んでいた。
この植民地をいかに制圧したまま治めていくか、その非常に重要な王命と重責に応えるに足る人物として、スペイン本国の名門から選ばれたエリート高官だった。
そして、実際、彼には、この植民地行政を監督するための大幅な権限が与えられていたのである。
今、そんな彼の手にある書類には、「トゥパク・アマル」の文字があった。