コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~
第8章 雄々しき貴婦人
その数日後、コイユールは、再びアンドレスの館近くの集落中心部まででかけていた。
その日、彼女はいつものように自然療法の施療を求められて、この近辺の住人宅まで出向いていたのだった。
教会の傍のアンドレスの館の前を通りかかると、そろそろ暮れかけの夕闇の中に、ニ階の彼の部屋の窓から柔らかな灯りがこぼれている。
まだ休暇中のアンドレスが、自室にいるのだろうか。
(何をしているのかしら…)
窓を見上げてそんなことを思いながら、しかし、今日はそのまま館の前を通り過ぎ、家路を急いだ。
間もなく夜の帳が下りてくる。
彼女の住む貧しい農民たちの住まいは、ここからかなり先の辺鄙な地にある。
ますます年老いた祖母を、長時間一人で残しておくことが心配だった。
コイユールは半ば駆け足で、道を急いだ。
ちょうど露店の並ぶ繁華街も終わりにさしかかった辺りだった。
鮮やかな刺繍の布が並べられた露店の陰から、不意に小さな男の子が飛び出してきた。
コイユールが駆けてきたのとちょうど鉢合わせになってしまい、男の子はステンと前に転んでしまった。
彼女が「あっ!」と思った時には、既に子どもは地面に腹ばいに倒れていた。
まだ4~5歳の、とても幼い少年である。
コイユールは慌ててその場に跪いた。
「ごめんね!
私が…!」
急いで助け起こそうとすると、少年はゆっくりと自分で身を起こした。
彼は顔を下向き加減にしたまま、口をギュッと結んで、健気(けなげ)にも泣くのをこらえている。
見ると膝のあたりがすりむけて、血が滲んでいる。
相当痛みがあるのに違いないのに、その幼い子どもは黙って痛みを我慢していた。
コイユールは息を呑んで、切ない思いと申し訳なさから、改めて謝罪の目で少年を見た。
褐色の肌をしたインカ族のその少年は、あどけないながらも気品ある風貌をしており、身なりもかなり高貴な衣服を着せられている。
(どこかの貴族の子どもかしら…?)
絹糸のようなサラサラの綺麗な黒髪と澄んだ黒い瞳、そして、年端に似合わぬスッとした切れ長の目元が印象的だった。
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