毬音の檻
第1章 暗闇から覗き見た、暗闇。
「おじさんは?」
毬音は充の背中に向かって声をかける。充は「知らない」と小声で応えて玄関に靴を脱ぎ捨てて家に入っていく。
「お邪魔します」
翔がいないといつも遊びに来ている家も、どこかよそよそしく感じる。
「日曜日もお仕事なの?」
「だから知らないって言ってるじゃん!」
充は振り返って、怒鳴りつけた。毬音は驚いて体を震わせる。大きな瞳を見開いて、自分よりも少し背が高い充を見つめる。
「ごめんなさい」
「ごめん」
二人は殆ど同時にそう言った。どちらも気まずい表情だった。
充は逃げるように、キッチンに向かう。ついていこうか迷っている毬音に充が「部屋に入ってて」と言う。毬音は少しほっとした気持ちで階段を上がる。
小学校に入ってから、何人かの友達はできたけど、毬音は充や翔と遊ぶほうが好きだった。暖かいきれいなお隣の家。今日はいないが、充たちの両親も毬音に優しかった。
母親がいつもパートに出ていて家にいない毬音は、実はこちらのうちが羨ましいときがあった。言ってはいけないことだと、子供ながらにも分かったけれど。
毬音は充と翔、共同の部屋に入った。窓からは遠くに海が見えるのだ。どちらかというと小学校にあがってからは翔に招かれることが多かった。
決まって充が友達と遊びに行っていて、毬音が一人のときに声をかけるのだ。
「あー、前のおもちゃだ」
毬音はベッドの上に飛び乗る。そこは翔のベッドだった。
遠慮なく横になる。チェックの赤いスカートがまくれ上がる。
母親が選んだ賑やかな色の水玉のショーツが見える。
そんなことを毬音は気にしてはいない。
ただ早くお兄ちゃんが帰ってこないかな、充はキッチンから何を持ってきてくれるのだろう、ととりとめもないことを考えている。
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