MaraSon Part1
第1章 1
予測した時間と五分違わず、彼は走ってきた。今日は寒い。彼の吐く息は白い煙となって消える。上は彼には大きめの黒いウインドブレーカー、下は黒に白いラインの入ったジャージだ。太腿と尻のあたりだけ、ぴっちりして、筋肉の動きがほの見える。僕は彼の視界外から、彼と向かい合わせに少し距離を取って土のコースに入った。人の目はない。彼はうつむきがちで僕に気づいていない。あっという間に接近し、すれ違いざま僕は、彼の膝下あたりに足を引っかけた。
そこそこのスピードで、障害物があるなど思いもせず走っているわけで、少年は「あっ」と声を上げると、少しばかり宙を飛んでべったりと地面に倒れた。アスファルトだと怪我がひどくなる。この場所を選んだのは僕の「優しさ」だった。
僕は、からだを返して仰向けになり、膝を抱えてうめく少年に歩み寄り、かがんで、「大丈夫かい?」と白々しく声をかけた。穏やかで優しげな表情と口調で。
少年は顔をしかめ唇を噛みながらも、
「大丈夫……です……」
と礼儀正しく答えた。やはり足をひっかけたのは僕だとは気づいていない。いや、足を引っかけられたこと自体、わかっていないかもな。彼にはそんなことをされる理由がない。
「無理に動かない方がいいよ。ちょっと膝をみてあげるから」
計画通り僕は彼に覆い被さり、彼の視界を彼自身の足から遮り、足を抱え、ジャージの裾を膝までめくった。膝は擦り剥けて血が滲んで、痛々しかった。でもそれは僕の目的とは関係なかった。僕は自分のウエストポーチから素速く注射器を出すと、少年の靴下をこれも素速くおろし、くるぶしの静脈を探し、針を刺し、液体を静脈に注入した。
「痛い! 痛いッ!」
少年独特の掠れた高い声が僕を高ぶらせる。彼は怪我のせいだと思っているだろう。でもくるぶしの焼けるような痛みは、僕が注入した液体のせいだ。反応は予測できていたから、僕は注射した足が動かないようにがっちり押さえていた。少年はもう一方の足をばたつかせて苦痛の声を上げている。僕は落ち着いて注射針を抜いた。
7
NIGHT
LOUNGE5060