人形の見る夢
第6章 撫子 前半
夜の店内は薄暗いけど、ガラスケースに入った人形たちは人には聞こえない声でひっそりとお喋りをしている。
だけど、黒い箱の中にガラスケースごとしまいこまれた撫子は何も話さない。その箱からはなんの心も読み取れない。
「…寂しいわね」
箱に向かって呟いた声が思いの外店の中に響いて、慌てて自分の口許を覆った。マスターに見つかったら怒られるところだった。
部屋に戻ればマスターはちょうど仕事を終えた所らしく、お茶を入れていた。
「またガラスケースの人形たちと話してたの?」
マスターに抱き上げてもらって、柔らかなソファーに腰を下ろす。
「撫子、写真の女性に似ていたかしら?」
「また人形に名前をつけて」
「日本人形みたいだったから」
だから、撫子。
白い肌に真っ黒な黒髪。頬と唇は綺麗な薄紅色で、派手ではないけど淑やかな色香があった。
そしてその空虚な瞳が従順な東洋の女性を私に想像させた。
「日本人形のイメージが撫子か」
「花子の方がいいかしら」
「どちらにしても、君は精神感応能力が高すぎるから、箱入りでも話しかけてはいけないよ」
さっき思わず話しかけたことは内緒にして、分かっているわ、と頷いた。
「けど、話しかけたらどうなるの?」
「…自我が目覚めてしまうよ。真っ暗な箱の中で。
可哀想だろう?」
確かに意識はあるのに、真っ暗闇に閉じ込められらのは恐ろしい。
「珍しいわね、マスターが人形にそんなこと言うの」
マスターは人形のあり方に感情論は極力挟まない。
「中途半端に抑圧された自我はときどき、人形に不具合をもたらすことがある。まだ症例は少ないけど」
「不具合…?」
「後天的に強い精神感応能力が生まれた例がある」
「科学的に証明されているの?」
「されていないから危険なんだ」
「それでも、箱入りの人形は高値で取り引きされるのね」
「そうだね。需要があるから」
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