春夏秋冬
第6章 台風
雪さんにつき合ってもらって、厨房でカレーを作っていた。
「上手じゃない、でも大きさは均等に切った方がいいわ」
「はい、」
少し離れたところでは、料理人さんが夕飯の仕込みを始めていた。と言っても今夜もこの屋敷の主は不在だ。
料理人さんは、突然厨房を使いたいと言い出した俺に驚いていたが、邪険にせず包丁とまな板を貸してくれた。
「綺麗に切れたわね。さて、炒めますか」
「ちょっっ、雪、光さんっ。
こんな所にいたの、お館様が探してるわっ」
「「えっ、」」
静だった厨房に、当然女性の高い声と乱暴に開けられた扉の音が響いた。
皓様はまだ王都のはずだ。
雪さんと顔を見合わせていると、呼びに来た女中さんは焦れったそうに眉を潜めた。
「帰ってこられたのよ。部屋にいない光さんを探してるわ」
俺は部屋でジッとしていなきゃいけないんだろうか‥。
「光、今日はもう部屋に戻りましょう」
むっとした俺の背中を叩いて、雪さんがお開きにしましょうと促す。
「はい‥」
「早くっ」
しつこく早く早くと繰り返す女中さんに急かされながら、手を洗っていると、聞き覚えのある声に呼ばれた。
「光、こんな所にいたの?」
「お館様っ!?」
突然、厨房にあまりに不似合いな真っ黒で上質なスーツを着込んだ皓様が飛び込んできた。
「ちょっっ、お館様っ、。駄目ですよ、こんな汚いとこに入って来ちゃ」
厨房に乱入してきた皓様に呆然として、その綺麗な顔を見つめてしまったが、焦った料理人さんが慌てて皓様を止めた。
「汚いことはないだろう」
「そりゃ、清潔ですが。
ってそうじゃなくて。服が汚れます。殿方は台所なんて入るもんじゃないですよ」
「光も男の子だが?」
‥一瞬、この場にいた全員が“まずい”と言う顔をした。
もしかして、俺が厨房に入ったことが皓様の気に障ったのだろうか。
せっかく、雪さんも料理人さんも俺の我が儘につき合ってくれたのに。
「皓様っ、俺がお願いしたんです」
「別に怒ってないよ。駄目だとも言ってない。
俺の方が台所に入るなと怒られたんだ」
口を尖らせて、子どもの言い訳のようなことを言う皓様に、つい頬が緩んだ。
「‥お帰りなさいませ」
ようやく、この屋敷の主が帰って来た…。
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