春夏秋冬
第2章 桜
『医者、ですか?今から?』
『そう、連絡して。桐谷は前に車回して』
自分の声に抑揚がないのがわかる。
他の使用人たちが、光の部屋から出てくるなり機嫌が悪くなった俺を訝しげな眼で見る。
『光さん、具合が悪いんですか?』
『具合が悪いんですか?、
そんなの俺が聞きたいよ、俺は今戻ったばかりだ。
今まで誰も光の具合に気付かなかったのか』
『…すみません』
何もわかっていない顔で呆然と謝る女中に舌打ちしたくなる。
この事態が、何を意味するのか全く分かっていない。
『早く、連絡して。俺は光の支度をしてくる』
『上気道炎、でしょうね。喉が腫れている。
それと脱水に著しい衰弱。彼、遭難でもしていたの?、
しばらく何も食べてないでしょう』
年配の医師が俺のことを胡乱な目で見る。
光の状況じゃ虐待や放置を疑われても仕方がない。
俺自身、そう思っているんだから。
医者はこのまま一泊入院していくように言った。
一晩点滴をしていれば、若いから明日には、少しは良くなるだろうと。
ベッドに横になったまま、不安そうな顔をする光の頭をぽんぽんと叩く。
『よろしくお願いします。俺も一晩付き添いますから』
『別にあんたは帰っていいよ。さっきのは冗談だ。
天下の月白のお宅で子供が餓死することもあるまい』
医者は少しも冗談に見えない顔でそう言った。
だが、光がなんだかあんまりに可哀そうな気がして、
結局俺も光の病室に泊まることにした。
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