雪天使~お前に捧ぐカノン~
第9章 act,8:輝かしきもの
こういった気取った耽美主義な人間こそが一番、当時幼く空腹で行き場のない小さかったロードを拒絶したのだ。
あのまるでこの世で何より醜く恐ろしい物を見る、気取った大人達の向ける蔑視の眼差し。あの人情の欠片もない自分善がりな、ちっとも腹の足しにもならない美しさのみを振り撒く人間達は、無情なまでに当時の幼いガラス細工の繊細な心を意図も簡単に打ち砕いたのだ。
その時受けた感情がいつしかロードにとってトラウマになり、無意識から来る恐怖や不安の源になっていた。とりあえずシャルギエルの件でカリカリしているカノンの腕に縋り付くロード。
「……ロード? どうしたのさ。まさか怯えてるのかい?」
情緒不安定なロードの様子に気付き、カノンは漸く冷静になる。
確かに今でこそ姉弟のように仲が良いが、まだカノンのよく知らないロードの内面の暗黒記憶があるのだろうという事に、彼女はハタと勘で気付いた。
「ああもう! 感情任せにこんな所まですっ飛んで来るからだ! 俺だってちゃーんと頭使ってんだよ。とりあえず乗れ!」
シャルギエルは煩わしそうに言うと、ヒョイと手を挙げた。
するとどこかで待機していたパールブラックのロールスロイスが、スッと突如現れたかと思うとピタリと彼等の傍らに付いた。ギョッとするカノンとロード。
すかさず運転手が降りてきてドアを開けるのを、シャルギエルが二人を中へと促がす。
「い、いいの……?」
さっきまでの勢いはどこへやら、すっかり畏縮しきったカノンは共に不安げなロードと寄り添いあって、彼の顔を窺う。
「いいから乗れって! 大丈夫だから!」
シャルギエルは二人をやや強引に中に押し込むと、まるで逃げ場を塞ぐかの如く最後に彼がドサッと身を投げ込むように乗り込んできた。そのドアを運転手がそっと閉める。
そして運転席に戻ってきたドライバーに、シャルギエルは厳しい口調で言い放つ。
「正門ではなく、離れにある俺の私邸に回れ。分かったら防音窓を下ろせ」
「かしこまりました。お坊ちゃま」
ドライバーは厳粛に答えると、前部座席の真後ろに貼り付けるようにある仕切りの中央でポッカリ開いた空間を、ガラスがスッと上がって遮断した。
「ここまで来させる状況にした挙句、不安な思いをさせてすまなかったなロード。少しは落ち着いたか?」
走り出す車内で、シャルギエルはさり気無くロードを気遣う。
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