雪天使~お前に捧ぐカノン~
第4章 act,3:オーファン
人は恐れてはなさそうだが、どうやらそこがこの猫の縄張り兼寝床らしい。分厚い板が壁に立て掛けられて出来た隙間が雪避けになっている。
その様子を少し見詰めると、シャルギエルは一言訊ねながら静かに窓ドアを閉める。
「両親は?」
「そんなのいないわ」
カノンのぶっきら棒な返事に、目を大きくして振り向きながら聞き返す。
「え? いつから? 死んだのか?」
するといつからそこにいたのか、目の前でカノンがつぶらな瞳で彼を真っ直ぐ見上げていた。
「生まれた時からよ。ホラ。いつまでも落ち着き無く立ってないで、とりあえず座りなよ」
彼女はシャルギエルの腕を引くと、ドンと押して椅子代わりにある一斗缶に座らせた。が、勢い余ってそのまま彼は缶ごと派手な音を立てて倒れこんでしまった。それを見てロードが面白がって大笑いする。
「扱いが粗暴だな! 女ならもう少し優しくしろよ!」
「おやそいつは悪かったね。ここで女らしくしてたらたちまちレイプの的になっちまうから、多少はがさつに勝ち気でなきゃ長生き出来ないんでね。この町で女が生き抜くのは楽じゃないのさ」
冷静に落ち着いた口調で腕組みして、無様に地べたで転がっている彼を見下ろしながら微笑を見せるカノン。
気取った彼女を軽く睨みつけて、ムスッとしながら一緒に倒れ込んだ空の一斗缶を立て直すと、シャルギエルは座り心地悪そうに腰を据える。
「って言うよりね、ここに来る途中で話したように、私達も捨て子……ストリートチルドレンなのよ。身勝手で最低な大人に産み捨てられたの」
カノンはそう言うと、肩に掛かる自分の赤い巻き毛をパッと後へ手で払った。
「だからこうして一緒にいるロードとも血の繋がりもない元他人同士。けど今は私にとって心から大切な家族、弟なのよ」
そしてヤカンのお湯が沸いたのに気付くと、ヤカンを取りに行く。それから水回りの空いたスペースに並べて置いてある、三つのカップにお湯を注ぎながら尚話を続ける。
「この辺の捨て子はね、初めは当然名前なんて付いてないの。この子なんてね、何でも人伝に聞かされて知ったらしいけど、産まれてすぐに道に捨てられていたんですって。だから最初にこの子を見つけて、拾った当時のストリートチルドレンの子供が付けた名前が“ロード”よ。道で拾ったから“ロード”。単純でしょ?」
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