雪天使~お前に捧ぐカノン~
第14章 act,13:不機嫌な愛の我がままな形
背中で彼女はシャルギエルの冷静な言葉を受け止めて少し混乱した。一体この男は突然全裸の女を前にして、何を呑気に話し掛けているのだろう。そう思った。そして少し間を置いて何とか早まる鼓動を落ち着かせるべく、四、五回深呼吸すると再び彼に背を向けたまま、ゆっくりと残りの部分を洗い擦りながら考えを巡らし始めた。
すると忽ちあの時の二人の会話が蘇り、ドキンと大きく心臓が再び高鳴った。
「な、何さ。まさかあんた今怒ってんのかい?」
少し引き攣り笑いをしながらカノンは、泡塗れのタオルを手元の手桶で濯ぐ。
「いや。全く。いいから早く答えろ」
「怒ってんじゃないさ! 声が!」
「怒ってなどいない! とにかく早く言えと言っている!」
思わず少しムキになるシャルギエル。そしてフンとそっぽ向く。苛々はしまくっているらしい。カノンは少し溜め息を吐くと、パシャリと水音を立てて体中の泡を湯に浸したタオルで拭い流し始める。
「あんたが私に自分の男になれって事かと聞かれて、その、責任の取り方の事で。それでそれらしい事を私が言ったら、あんたは私にマジ惚れしたのかと言って私は肯いた……。でも……身分の違いや傷付くのが怖いのを理由に……好き――だけど、本気にならないようにすると……私は言ったのさ……」
カノンは戸惑いつつも、ゆっくりとその時の事を繰り返した。暫く静まり返る空間で、彼女の湯浴みの音だけがひっそりと響く。
何の返事も寄こさないシャルギエル。カノンは背中で彼の存在を感じながら動揺する。
「ああそうかい。その事であんた怒ってんだね。あたい如き虫けらがあんた程のお坊ちゃんに惚れたなんて言ったから、プライドが許さなかったって訳か……」
「虫けらなんかではない!」
「え?」
思わずビクンとして手の動きを止めるカノン。
「お前は虫けらなどではないし、お前は俺と同じ人間だ。プライドが許さないのはその後だ!」
シャルギエルの言葉に、カノンは一瞬理解出来ずに固まったままでいた。ブルリと体が冷えのせいで震える。
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