舞う蝶の果てや夢見る ―義経暗殺―
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ジャンル:その他

公開開始日:2011/09/25
最終更新日:2011/09/25 11:22

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舞う蝶の果てや夢見る ―義経暗殺― 第7章 旭日と朝霧 藤原秀衡
「私は未熟でございます。御館様の心がわからず、こんな暴挙に走ってしまいました」
 慈しむように目を細めた秀衡からじっと見つめられると、夜叉丸は不思議な懐かしさに心が解された。顔も思い出せない父の膝の上に抱かれた感触が何故かよみがえってくる。そんな記憶などないと思っていた。
「構わぬ。おぬしは敵ではない。我が意をおぬしの主に伝えよ。そして、伊豆の頼朝に気をつけるのじゃ。武勇は九郎に及ばぬが、あの人望の厚さ、心のつりあいの持ち方は、尋常ならず。われ等の忍ばせた草の者からの報告も逐次入れておるが、清盛公の情は、虎を野に放ったやも知れぬ。年寄りの杞憂であればよいがの」
 源頼朝は、久安三年(一一四七年)源義朝の三男として熱田神宮近くの旗屋町辺りで誕生した。母は熱田神宮宮司藤原季範の娘。正室の子であったので源氏の嫡流として育てられた。平治の乱に敗れた父義朝は鎌倉に落ち延びる途中で殺され、頼朝は捕らえられる。平清盛の継母池禅尼の助命嘆願により、伊豆の蛭ヶ小島に島流しとなった。ただ、島といってもほとんど陸続きの場所である。
 北条時政が清盛から監視役に命ぜられ頼朝を十四歳の頃から蛭ヶ小島に軟禁していた。そこで読経三昧の毎日を送っているだけの為体だと夜叉丸は聞かされていた。
「おぬしには耳が痛かろうが、平氏は少し驕りすぎた。地方の豪族に今不満が渦巻いておることを京では知らぬであろう。中央の怨霊のごとき公卿らを相手にした毎日を送るばかりで、平氏はなすべき方向を誤っておる。そう陸奥の年寄りが申していたと付け加えよ」
 地域を代表する有力豪族達は、介(すけ)とか掾(じょう)、目(さかん)などの官職を持っている。彼等は、その土地を実際に支配してきた豪族で、在庁官人というべきものである。しかし、官職を持ちながらも中央の貴族や京都にいる平家一門には頭のあがらぬ存在であった。必要以上に税を取られたり、京の警護に行かせられたり苦しい立場に堪えた。その不満が頼朝待望論を形成しつつあったのだ。
「しかし、九郎は幼きときは鞍馬山、そして、今は平泉と、本当の武士の苦しい生活に触れたことがない。困窮した武士の心がわからずに、武士の棟梁にはなれぬ。平家討伐などとよく言えば九郎は純粋すぎるが、まだまだ世の中の仕組みがわかっていない。じゃから、九郎をこの平泉から出さぬことに決めたのよ」
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