舞う蝶の果てや夢見る ―義経暗殺―
第7章 旭日と朝霧 藤原秀衡
秀衡に隣座していた息子の泰衡が興奮して立ち上がると言下に否定した。
すぐさま二人の屈強な警護の武士が夜叉丸を取り押さえようと走り寄ってきた。警護は庭の中にざっと二十人ほどいる。まず夜叉丸を優男と甘く見た二十数貫はある髭面の偉丈夫が夜叉丸の肩を掴もうとした瞬間、宙を飛び背中から地面に打ち付けられ、次の男は腕を極められて苦悶の叫びを上げた。夜叉丸は、更にその男の腕を締め上げながら太刀に手をかけた周りの警護衆を鋭い視線で睨み回した。夜叉丸の眼光で射竦められ我慢できなくなった数人の男が叫声を上げて太刀を振りかぶり襲ってきた。夜叉丸は押さえつけていた男を右から来た男に飛ばすと抜刀し、舞踏のごとく一気に五人を峰打ちに倒した。
閃光が走っただけに見えた。夜叉丸の活殺自在な剣技に御所の庭が一瞬の内に凍りついた。
弓矢を構え始めた男たちに向かって夜叉丸が太刀を振りかぶり上段にして威嚇すると、その冷気を突き刺す威勢に皆腰を抜かして弓を放り出した。
その間、ずっと達磨のごとく座したままの秀衡から、夜叉丸の心の中を見通さんとする厳しい視線が浴びせられていた。平氏の大将首を獲ると息巻く若者が演技なのか、本気なのか探っているようであった。秀衡の手が膝を打った。
「控えよ! 手を引け。我等の負けじゃ」
突然、野太い秀衡の声が御所の庭に轟きわたると、夜叉丸は向き直り、太刀を背に隠して片膝をついた。嫡男の泰衡が悔しそうに袖を咬んでいた。泰衡の底が見えた。
「確かに、源氏の御曹司はこの平泉におられる。これは隠し通せぬこと。されど、不憫に思い匿っておるだけのことで、努々平家に弓引こうなどとは考えてはおらぬ。われ等は白河の関を越える気はござらん。諦めよ」
秀衡が微笑みながら諭してくる。夜叉丸が更に食い下がるも、一度結論を出した秀衡の子供をあしらう老獪さに跳ね返された。
「九郎殿を巻き込んではならぬ。九郎はこの平泉からは出さぬ」
そう最後に言うと砂金の入った袋を夜叉丸に放って奥へと下がった。
その夜、闇に溶け込む黒装束を纏った夜叉丸が無量光院の東隣にある秀衡の館、伽羅御所に忍び込んだ。中天の明るい月に気を配り、注意深く塀を乗り越えたのだが、京のどの公家の屋敷よりも無用心だった。昼間も何人かの下手な尾行を撒いた。
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