舞う蝶の果てや夢見る ―義経暗殺―
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ジャンル:その他

公開開始日:2011/09/25
最終更新日:2011/09/25 11:22

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舞う蝶の果てや夢見る ―義経暗殺― 第3章 五条大橋の死闘
「私はこれからどうすればよいでしょう。お役目が終わりました」
 思い詰めた覚慧が、ひと膝進めてすがるように忠度を見上げた。
「幸菊丸! 私事じゃ、控えよ」
 慌てて叱責した夜叉丸であったが、忠度は叱らずに足を止めた。
「この先、まだ仏の道を極めたいか? 覚慧」
 夜叉丸を戸惑いがちに盗み見た覚慧だったが、自分の夢を追いたいと即答した。
「ならば、今、都に栄西禅師殿が来ておる。よければ紹介状を書く」
 日本臨済宗の開祖で千光国師ともいう。保延七年四月(一一四一年)に備中で生まれる。吉備津宮神主賀陽氏の出身。十四歳のとき比叡山延暦寺で受戒後、十九歳で伯耆大山寺にて天台密教の奥義を学んだ。はじめて中国に渡ったのは、一一六八年(仁安三年)、二八歳で明州に数カ月間滞在した。明州は南宋禅が盛んで、栄西の関心も禅に移ったらしい。同年九月、天台の経巻六〇巻を携えて帰朝した。帰国後は、その経巻を天台座主明雲に呈し、故郷備中、備前を中心に伝法につとめていた。
「よしなに……」
「わかった。はげめ」
 しかし何かまだ言い淀んでいる風の覚慧に忠度は言葉を足した。
「兄のことは案ずるな。夜叉丸はまだおぬしのように自分の行く末を見てはおらぬが、悪いようにはせぬ。わしに任せよ。人は、心に従い生きるのが一番! 己の生き方を極めよ」
 力強い忠度の声に、覚慧の顔から不安の色が消えていった。
 耳元で教経から「己の生き方を極めよ」とからかわれた夜叉丸は、彼の横腹を小突いた。
 
 忠度は、急ぎ清盛邸の門をくぐった。
 随行した夜叉丸は裏に回り政所に面した庭の玉砂利の上に身を滑らして百日紅の陰に端然と控えた。紺碧の空から強い夏の陽差しが降り注いでいたが、薄紅色の万朶に遮られてできた影に、夜叉丸の周りには風が流れてくる。
 中から漏れ聞こえてきた清盛の命は、位打ちであった。位打ちとは、官位を与えて懐柔する方法である。まず、院宣を出させ秀衡に従五位下鎮守府将軍を、次に陸奥守に任ぜよということであった。無尽蔵ともいうべき財力と、十七万騎といわれる騎馬軍団を従える奥州藤原氏は、陸奥の内政不干渉を得るため摂関家に対し、馬や金、矢に用いる鷹の羽根、海豹の皮、絹、布、漆など多種多様の献上をしていた。逆に奥州平泉へ運び込まれたものは陶器、磁器などの物品だけでなく、仏教文化であった。
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