舞う蝶の果てや夢見る ―義経暗殺―
第15章 倶利伽羅峠 対決巴御前
勢いに乗じた平家軍はそのまま加賀へ侵入し、北陸をじわじわと制覇していく。
ついに追い詰められた鼠のように義仲が反撃に出た。
義仲は、今井兼平に兵六千を分け与えて越中へ先発させる。
兼平は般若野(富山県砺波市・高岡市)で平家軍先陣平盛俊を加賀まで下がらせた。
そこで、平家軍は二手に分かれ、平維盛・平通盛ら本隊七万は倶利伽羅峠(砺波山・富山県小矢部市・石川県津幡町)に、平忠度・平知度の別働隊三万は志保山(石川県志雄町)に陣を張った。国境を封鎖して、義仲軍の加賀奪還を阻止しようとしたのである。
五月十一日昼、両軍は矢を飛び交わせたが、主力の激突はなかった。陣立ては、山の高いところに圧倒的な兵力を配置した平氏の方が有利であったが、焦らすように源氏は、なかなか討って出ようとはしなかった。
「確かに高所のわが軍は有利だが、絶澗……」
平家の陣立てを見て夜叉丸は、一抹の不安を覚えた。峠の南に見える底深い地獄谷が気にかかる。絶澗、すなわち谷に近づくなとは孫子の兵法であった。
――吾はこれを迎え、敵にはこれを背せしめよ、か。だがこの兵力差、杞憂かもしれぬ
夜叉丸は、独り言で不安を取り払うと金剛組を率いて諜報視察に出た。
やがて薄暮が迫ってきた。見回りが終わったらしく、揃いの赤糸威胴丸鎧に金属編を縫い付けた鉢巻を締める女武者の一団が、帰路についていた。二十騎ほどの騎馬の列に先導されて三十人ばかりの雑兵が後を駆けていく。
突然道の両側に鬱蒼と茂る樹林の上から、雨のように矢が降ってきた。隊の足が乱れて雑兵が散った。数人の女武者も矢に射られ騎上から落ちた。
「卑怯なり。巴と知ってのことか、いで参らせよ」
先頭の女武将が大太刀を振り回し、矢を防ぎながら叫んだ。それに呼応するように、木の上から縄をつたって何人もの赤い影が弓を構えたまま降りてきた。
「平維盛が妹扇寿、またの名を六波羅の鬼姫! 巴御前とは、相手にとって不足なし。皆手出しは無用ぞ。いざ尋常に勝負いたせ!」
紅地錦の鎧直垂に特別誂えで軽く作らせた胴丸鎧だけの鬼姫は太刀を得意の八双に構えた。相手の動きを見切り、それに対応して先手をとるのに適した構えである。
構えから一瞬のうちに鬼姫の只ならぬ力量を見抜いた巴は馬から降りると、腰を落とし大太刀を少し右に開いて下段に応じた。
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