舞う蝶の果てや夢見る ―義経暗殺―
第14章 静御前の神技
空は仄かに黄昏の火照りを残していた。忠度の屋敷は久しぶりに肩のこらない賑わいを見せている。下男が二人灯りを運んできた。教経と鬼姫が夜叉丸を訪ねて立ち寄ったのに気づいた忠度が彼らを池の上に張り出した釣殿に集め、酒盛りを始めたのだ。残暑が薄らぎ、そこから眺める初秋の庭は、幾らか紅く色づき始めたひと群れの楓の葉が女郎花と桔梗を覆い風に揺れている。
彼等は、思い思いの場所に敷き革を敷き、運ばれて来た宋渡りの葡萄酒を口に運んでいる。この葡萄酒ははるばるペルシャから中国を経て伝わった物だ。
皆、暮れなずむ庭を眺めながら漠然と世の流れに思いをはせている。少し離れて忠度が三人の若者を、傍観するように目を細めて杯を重ねていた。余人を入れぬときは幼かった日、忠度の下で太刀の訓練に明け暮れた頃と同じ無礼講である。
「宗盛殿が、院にきっぱり断ったそうじゃ」
能登守教経が父親から聞いてきた頼朝の密奏のことを話した。
「当然じゃ、頼朝のごとき、どれほどのことやある」
錦地に金糸で細工した紐を使い、髪を頭の後ろで縛っただけで、化粧もせずまるで男のように立膝をついて座っている鬼姫が杯を傾けながら気炎を揚げた。
「玉葉」養和元年(一一八一)八月一日条によると、すでに源頼朝の密奏が後白河院の許に到着していたようだ。
頼朝は院への謀反の心なく、ひとえに君の敵を討たんがためなり。もし、平氏を滅ぼさぬのなら昔日のように、源平相並びて召し使われるべき。関東を源氏の占有とし、西国を平氏の支配とし、国司にはむかう者は源平両氏に仰せ付けられ、どちらが君命に忠実であるかご覧いただきたいという内容である。
奥州のように、関東を頼朝、西を平氏で独立させよということなのであろう。
院に呼ばれた宗盛は、清盛の遺言を盾に徹底抗戦すると、その場でその話を蹴った。まだ、主導権は平家が握っていた。
「謀反人のくせに、われら平氏と同等な物言い。その勘違いをわらわが正してやる」
鬼姫が立て膝をついた方の足で床を蹴り大きな音をたてた。
口当たりの良い酒に少し酔ったのか、いつになく鬼姫が饒舌になっている。もっと女らしくできぬのかと毎度のように教経が小言を言ったが、効き目はない。
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