舞う蝶の果てや夢見る ―義経暗殺―
第13章 墨俣川 再生平氏
頼朝から形ばかりの応援で派遣された源義円だが、行家と合流せず二町を隔てて軍を整えていた。はじめて体験する戦に源氏の血の誇りからか、それだけで気を高ぶらせているようだ。夜明けとともに先陣の先駆けをするつもりらしい。時々行家への悪口も聞こえる。行家から見下されたことが腹に据えかねているらしい。
宮毘羅が笑いを堪え、口を押さえて後ろに下がった。夜叉丸も宮毘羅を追って引いた。一町ばかり離れた木陰でついに堪え切れず宮毘羅が笑い始めた。
「声をたてるな!」
夜叉丸が叱っても宮毘羅の笑い上戸は止まらない。しかし、仏頂面の夜叉丸も内心力が抜けていたのだ。
――義経とは大違いじゃ
敵将とはいえ夜叉丸は義円の不甲斐無さに落莫としてきた。
「宮毘羅よ、斥候の立場も忘れ声を出して笑った罰じゃ。源氏の総大将殿に相応しき死を与えよ。俺は忠度様のもとへ知らせに戻る。後でおぬしの組の者達に鎧を届けさせよう。伐折羅組か摩虎羅組のどちらかを応援に出すゆえ、十二名、おぬしが差配せよ」
宮毘羅の笑いが引き攣るように止まった。
義円が白む夜明けを待ちきれず、「我に続け」と馬に鞭をあてた。しかし、この無謀な先駆けに彼は捨てられた。仕方なく途中まで従った与力衆も分からぬようにひとり消え、二人消えた。それでも付き随おうとする者は、隠れて両側を併走する宮毘羅組と伐折羅組に射殺された。そして誰もいなくなった。
頼朝の兄に認められた代官としての立場に義円は高揚していたのかもしれない。過剰な蛮勇を放散し、時折萎縮しそうになる精神を、大声を出すことによって勇気づけていた。
「兵衛佐頼朝の弟、義円なり」
叫びながら単騎で平氏の強固な隊列の中を義円は走り回った。反対に平氏側は、たったひとりで頼朝の弟と名乗りながら狂気を帯びて薙刀を振り回している男を持て余した。戦場の習いからすれば、それなりの者が相手をしなければならないだろう。
宮毘羅は先回りして副将格の資盛の子、平盛綱を連れてきた。盛綱が礼をつくし馬で駆け寄るとそのまま義円に組み付き、あっという間に首を上げてしまった。宮毘羅が盛綱に助太刀する暇もないほどであった。
「楚忽に起こり」と吾妻鏡に記録された墨俣川の戦いである。
既に富士川の時の弱い平氏ではなかった。
101
小説家になろうのサイトにて1カ月で2000アクセスを達成しました。