舞う蝶の果てや夢見る ―義経暗殺―
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発行者:鯉詞C
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ジャンル:その他

公開開始日:2011/09/25
最終更新日:2011/09/25 11:22

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舞う蝶の果てや夢見る ―義経暗殺― 第1章 萌し ―序
 吹雪の中に一点の灯りが揺らいだ。
 遠くのその光は覚束なくも風に点滅しながら、数を増やしている。松寿丸は竹薮の隙間から近づく松明の灯を五つまで数えた。
「若、今しばらくのご辛抱じゃ。追っ手が近づいておりまする。爺が合図するまでは声を出さずに頭を低くしてくだされ」
 風の音に途切れながらも山犬の遠吠えがあちこちから聞こえてくる。
 嘉應元年(一一六九)十二月下旬のことであった。
 辺りは凍てついた漆黒の闇に覆われ、昼間であれば見える比婆山の雄姿もその闇に溶け込んでいる。身を潜めている松寿丸にとって好都合には違いないが、九歳になったばかりの身にこの奥出雲の名もない山は冷酷であった。藪の中で身を縮めた彼の素足は、吹き荒ぶ冷たい雪の中に埋もれて既に感覚が消えかけている。
 かろうじて肩に回された権蔵の腕と、その年老いた下僕に抱かれる弟の温もりだけで命を繋いでいるように思えた。二歳違いの弟は、極度の緊張と疲労のためにまどろみ始めている。
 凶兆を思わせる鎧の重なり合う音が遠くから重たく響いてきた。
 松寿丸は頭を低くし一尺七寸の守り刀を腰に引き寄せ力を込めた。斐伊川上流で取れた上質の砂鉄を古来この地方に伝わる「たたら」の技術で製鉄した宝刀である。奥座敷の神棚に奉納してあったものを咄嗟に持ち出したもので、家督の相続者に代々伝えられる厄除けの神刀だった。夜中勝手に鍔鳴りがしたり朧げに輝いたりするので気味が悪かったが、本来なら兄が継承する家宝であった。だが目の前で兄が殺された今となっては、この剣を継ぐ者は松寿丸である。幼いながらも彼はその責任の重さを自覚しはじめていた。松寿丸は、かじかんだ指に息を吐きかけ鯉口を切った。鍔が振動して吹き抜ける風を震わせると、人とは違うたくさんの凶々しい気配が迫ってくるのを感じた。松寿丸は、その忌まわしい感覚が何なのかわからず、陰鬱に眉を顰めた。
 わざわざ敵の裏をかいて道のない山中に入ったにも拘わらず、追手は執拗に迫ってくる。
「年端も行かぬ子供と年寄りじゃ。まだそれほど遠くまで逃げてはおるまい」
「まったく世話をかけさせる」
 苛立った声が近くに聞こえた。一人の雑兵が松明を笹薮の茂みに差し入れおざなりに奥を探る。松明は竹の影を揺らしながら彼のすぐ隣を照らした。
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