Miss Terry のノート
第11章 第三話 顔【序】
時間を潰すには、やはり携帯を持ち出すのが一番と思い直し、ポケットから携帯を取り出し、目の前にかざした。そのとき恭子はふと視線を感じた。向かいのホームで口を大きく開けて何かを訴えている男がいたのだ。声を出さずに何かを叫んでいるようだった。恭子はそれとなく自分の後ろや左右を見たが、男が驚くようなもの、驚くような人は目につかない。男と目を合わせているような人もいないようだった。
向かいの男はだれかを呼ぶように手を振っていた。
恭子はなんだか自分と視線が合っているような気がした。改めて周りを見渡すが、ほとんどの人が携帯と向き合っていて、男の呼び掛けに応じるどころか、向かいのホームに目を向けることもなかった。しかし、知っている顔でもなさそうだった。もしかしたら、銀行の窓口に来たことがあるお客さんかも知れないが、見覚えはなさそうだ。
恭子は馬鹿馬鹿しいと思いながらも、あえて男と視線を合わせ、人差し指で自分を指し、怪訝な顔で口パクで話した。
『わ・た・し?』
すると、男は『そう、そう』と言っているように、大きく顔を頷けた。やはり知らない顔だった。男は見た感じ三十歳半ば、黒のジャンパーを羽織っていた。
『なに?』恭子はまた口パクで彼に向って聞いた。
男は、今度は人ごみの中で手を振ってジェスチャーをするのだが、周りに人がたくさんいるので大きくは動けないようだった。ただ、左手を挙げ、その腕を右手で×をするような動作だったが、全く意味が分からなかった。男はいてもたってもいられないようで、せっかく前の方を並んでいた列を外れた。
(こちらに来るつもりなのだろうか?)恭子は気味が悪くなってきた。周りの人たちは相変わらず携帯とにらめっこをしているだけだった。
その時、ちょうどアナウンスが入り、ホームに電車がやってきた。
(ストーカーみたいな人だろうか?)できれば関わりたくないと思いつつ、男が間に合わないことを祈った。この人ごみの中を一旦階段で地下道に下りて、また上がってくるわけなので、あの距離ではまず間に合わないはずだった。
そうは思っても不安な気持ちは募るので、電車がやってくると恭子は体を丸め、足早に車内に入った。もし男が間に合って車内に入ったとしても、この混雑した中では見つけることさえできないだろうと決め込んだ。
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