好きになったヒト
第11章 未練5
「そういや、本名だったんだな。俺はおまえもてっきり偽名なんだと思ってたよ。」
「え、おまえもってことは、タカヤさんは違うんですか?」
「いや、俺も本名だよ。藤原さんの話だよ。」
「ああ。びっくりした。俺が藤原さんの紹介で入ったからですか?」
「うん。」
「ああ、そうだ。言い忘れるとこだった。俺とおまえがタカヤとマナトだってのは伏せる。そんで、俺が佐藤でおまえが伊藤だ。セイジは後藤な。」
「え、そうなんですか?そういうことは早く言ってくださいよ。」
「悪い。こないだ重役と話してて決まったんだ。忘れてた。」
「了解しました。佐藤さんですね。やっぱ藤使うんですね。」
「ああ、慣例だからな。」
俺は頷く。
事務所の近くのコインパーキングに車を止めて歩く。
引退してから一度も来ていない。
懐かしい街並み。いくつかテナントが変わっている。
タカヤさんと一緒にエレベータに乗る。
「懐かしいな。」
さすがのタカヤさんも感慨深いって顔してる。
ドアのところのセキュリティも懐かしい。
タカヤさんが番号を押す。
「俺とおまえの解除キー復活してっから。昔の覚えてるか?」
「はい。大丈夫です。」
「俺入るから、おまえも確認兼ねて自分で開けろ。」
タカヤさんはそう言って中に入るとドアを閉めた。
俺は番号を押す。しっかり覚えてる。
カチャンっとロックの外れる音。
ドアを開けるとタカヤさんがうんと頷きながら立っている。
部屋ドアの前に立つ。
「行くぞ。」
タカヤさんが俺を見る。
俺は頷く。
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