好きになったヒト
第6章 恋愛5
タカヤさんと会っているとふと昔のことが懐かしくなる。
まだ数年前のことなのに、凄く前のことのように思える。
一緒にあの事務所で過ごした時間。
少しでもなにか掴もうと、必死になって街を歩き回った。
藤原さん、どうしているんだろう。
今頃は幸せな家庭を築いていることだろう。
藤原さんは自暴自棄になっていた俺を引っ張り上げてくれた。本当だったら、前科持ちになっているところを俺を信じて見逃してくれた、保護観察の代わりにあそこのメンバーになった。
抱きしめて、大丈夫だと言って傍に居てくれた。
藤原さんに他に恋人がいることは早くから知っていた。それでもよかったんだ。そう遠くないうちに終わりがくることもわかっていた。
藤原さんのアパートに行った時、机の上にあった郵便物から本名を知った。本名から探すことだってできたけれど、しなかった。
他の雑誌と重ねてあった女性向けの結婚雑誌。
だから、わかってたんだ。
だから、あの日俺は戻らなかった。
だから?戻れないから?
違う。それでいいと思えたから、俺にとって藤原さんは大事に人だ。ずっと、だから幸せでいてくれるならそれでいい。迷惑はかけたくない。あの人に苦しんでなんてほしくないんだ。離れることは辛かったけれど、それも分かっていたことだ。
自分で思っていた何十倍も堪えたけれど。
でも、ユズルさんは違う。
ユズルさんは離れていい人じゃない。
俺はユズルさんと一緒にあるべきだと思っている。
今こうして離れていても、俺達は繋がってる。
そんな感覚は俺のうぬぼれかもしれないと思っていたけれど、あの日、俺が新曲を発表した日、ユズルさんは現れた。
ユズルさんに向けて書いた曲を、ユズルさんは自ら聴きに来たんだ。
俺の声は届いてる。
ユズルさんが時間がほしいと言うならそうする。
俺はただユズルさんが俺を見失わない様に歌い続ける。
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