好きなヒト
第6章 繋がり4
「忙しいとこをすんませんね。」
俺は断わりを入れる。
「いや、いいよ。空いたし。何本?」
「あ、今日は中指1本だけで。」
「なんだよ、つまんねーな。もう1本くらい塗れよ。」
「あ、じゃあ、もう1本。」
「またライヴ?」
「はい、でもゲストで出るだけなんで。」
「そういうことね。」
アツキさんは俺の爪を手際よく下処理をしていく。なんか手付きが鮮やかだ。さすが元ホスト。
「でも、お前さいきんあんま出てないだろ。」
「よくご存じで。」
「この前マリが来て言ってたよ。お前の歌が聴きたいって。」
「マジっすか。」
「おお、マジで。」
「マリさん、俺のファンだったんすね。」
「みたいだな。」
色を塗り始める。
俺はいつも色もデザインもお任せなので、アツキさんは自分のやりたいようにやっていく。
「ゲストではちょくちょく出てんですよ。今日みたいに。そういや、さいきんなんか出てってますか。」
俺はさり気なく訊く。
俺の爪に集中していたアツキさんがちらっと俺をみる。
「なんかって?」
「この前のライブに来てた子が、なんかやってるっぽかったんすよ。さいきんあんまみかけなかったもんで。」
「さぁ、ここんとこそっちには出してない。危ないからな。」
“そっち”というのは、一般の若者という意味だ。
「へえ、そうっすか。」
アツキさんの動きが止まる。
「お前、やってないだろうな。」
アツキさんが俺を睨む。
「まっさか。」
俺はおどけて答える。
「ならいいけど。」
アツキさんは俺の爪にスプレーをふる。
「俺はどっちかってと、アンチですよ。その子、実は友達なんで、ちょっと心配で。」
「早めに止めさせたほうがいいぞ。俺も詳しくはしらんが、なんかさいきん変なのが出回ってるらしいから。」
アツキさんが小声で言う。
「変なの?」
俺は興味なさそうに言う。
「詳しいことは知らんが、危ないってよ。」
アツキさんは目を細めている。今手動かしたら怒るだろうな。
「はぁ、まあ、どれも危ないっすからねぇ。」
俺は呑気に答える。
「さぁ、出来た。」
アツキさんが満足そうに言う。
俺は自分の爪を眺める。
左手の中指と人指し指が黒と紫のストライプになってる。薬指にはドクロ。
「おお、ありがとうございます。」
俺も満足そうに言う。
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