イルバシット 戦士と花嫁 約束の大地へ
第1章 イルバシット
悔しさに湧き上がった、辛い涙だ。
トルカザは、父親を取り戻したかわりに、人生の手本を失った。
悔しさをかみしめたあとには、寂しさが残った。
アルナスが近づ来た時にはすでに、リャウドは扉に手をかけていた。
アルナスは、扉が開けられる気配に、身を隠した。
リャウドとの付き合いは長い。
初めて役についた時は、アルナスの側近だったのだ。
アルカザンの歴史をリャウドから習った。
トルカザが無花果の花を口に出来ないことも、彼から聞かされた。
リャウドは許されなかったのか?
リャウドの足音が消えてから、アルナスはそっと扉を開いた。
「…」
無言のまま、トルカザの目を覗きこんだ。
トルカザの目の中には、いろいろな感情が存在した。
寂しさ。悔しさ。悲しさ。そして強さ。
アルナスは、リャウドが追放されたわけではないと感じた。
「寂しくなるな…」
「別れは出来たの?」
「いや、涙を見せる訳にはいかないから、柱の陰に隠れたんだ。リャウドには分かっていたかも知れないけどね。リャウドはどこへ行ったんですか、お祖父様」
「サラドの処へ修行に行かせた。何年かすれば、また城に上がるようになろう」
やっぱり、言葉をかけてやれば良かった。
そんな思いとともに、アルナスの目に涙が浮かんだ。
「どうしてさ。涙はいけないこと?お別れくらい、誰だって寂しいだろ?」
「僕は、この国を治める人間だ。その時には、リャウドをも従えなくちゃならない。お前とは違うんだよ」
「…リャウドは、兄様に手紙で挨拶するって言ってたよ。すごく寂しそうだった」
トルカザは、涙をこらえ、そう言った。
「そうか。きっとすぐに会える。リャウドが無事でいてくれて、僕は満足だよ」
すぐそこで、孫達の声が聞こえる。
夫の声も。
私の精神は、肉体の深い眠りに引き込まれそうだ。
早く彼らを呼んで。
兄の毅然とした態度が、トルカザには受け入れられなかった。
兄様はいつだって格好が大切なんだ。
アルナスに腹が立って背を向けた。
すると、見慣れたはずのお祖母様の顔が気になった。
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