そして僕はヒーローになった
第1章 前置き
縫い物をしている。
家庭科の授業でも受けるみたいに折り畳み式のテーブルの前にきちんと正座して、ドラえもんに出てくるのび太のおばあちゃんみたいに背中を丸めてる。いわゆる手縫いという奴だ。と言っても別段裁縫が好きだとか得意だからとかっていうわけじゃないし、当然仕事でもない。それでも、とにかく今は夢中に針を走らせてる。明日からの作戦に備えて、OUTDOORのリュックサックに寝袋を取り付ける為の細工を施しているんだ。
そういえば昔、気に入ったコートが無くて(お金があれば別の話なんだろうけど)何ごとにも凝り性な僕は自分で布を選んで買ってきて、裏地まで設えてミシンを走らせたことがある。フロントをボタンで留めるのが嫌でジップアップにしたんだ。当時はあまり見たことがなかったけど「我ながらセンスいいね」などと馬鹿みたいに自画自賛した。まあそれが若さの特権だとは思うけど、自分で作ったということもあってか、やけに気に入って正月に友達と初詣なんかに着て行ってたような気がする。だけど実際まだ中学生で、裁断の仕方なんてまったく知らなかったから腕の身頃が無茶苦茶で、万歳すら出来ないような代物だった。確か逸れた友達を見つけて手を振ろうとした時、ペンギンみたいにしか手が上がらなかったんだ。そのとき盛大に笑われて悔しかったんだろうな。中学を卒業したら服飾の専門学校に行きたいなんて安易な夢を持った。
夢なんてそんなものだった。
そうか。ってことはやっぱり昔から裁縫は好きだったってことだな。
とにかく、うだうだと結構時間は掛かりながらも、なんとか特製鞄が出来上がった。つくづく僕はドイツ人気質だなとか、まったく出会ったこともないのに「シャウエッセン」の皮の硬さはドイツっぽいだとか勝手にドイツ人の性格を決め込みながら、デザインよりも明らかに機能性を重視したと判るリュックを眺めてみた。これが案外上手に出来たので思わず記念写真を撮ってみたりする。「デジカメ」なんてもちろんなかった時代だったから緑色した使い捨てカメラをカリカリと巻いて撮った。
「まるで遠足の前の日みたいだな。」
おやつも弁当も、敷物や栞なんかも入っちゃいないけど、なんだかハシャいでた。不安の方が遥かに大きかったけど、夢中になれるものがあることが嬉しかった。
そうか。まだなんにも話していなかったっけ。
これは1994年、僕が24歳の時の話だ。
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