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インドで考えたこと - インドの宗教と自律と自癒の社会
2017-02-15 18:44:00
テーマ: 政治・経済
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c0315619_17220519.jpg堀田善衛は岩波新書(青)の中でこう書いている。「デリー近郊を歩いていると、いや、どこをでも、インドの友人のすすめるがままに見物に行くとするなら、一切は宗教である、ということになってしまう。(略)デリー近辺の広大無辺の半砂漠地帯には、その昔の帝王の実に巨大な墓や回教礼拝堂の廃墟がいくらでもあるが、それらはたとえ廃墟であっても、決して死んではいないという、生き生きとした印象を与える。(略)村の人たちは、観光用説明というのではなくて、それらの廃墟についていくらでも無限に、そして実に楽しげに、現在に生きている対象として話をすることができる」(P.67-68)。デリー市内には、宗教の寺院や施設がとても多かった。想像以上だった。宗教が人々の生活の中に入り込んでいて、人々が宗教とともに生きている。インドを治めているのはインド政府に違いないが、路上に群れて暮らしている夥しい数の末端の人々まで含めて、それを統治しているのは、宗教の自律と自癒の力(Macht)なのではないかと、そのように思われた。宗教の死生観などとは無縁に生きていて、信仰心などというものを軽侮する態度を持ちがちな日本人には、インドの人々と社会は分かりにくい。が、どうやら、インドの人々がシヴァ神やヴィシュヌ神を語ることは、われわれがトランプを語ることと同じくらい関心の高い、意味のある問題事項なのだ。
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