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ある被曝体験記 - 紹介 - 読者の方からお寄せいただいた予備役兵の手記
2015-08-06 23:30:00
テーマ: 政治・経済
昭和20年8月6日、広島に原子爆弾が投下された。その日は朝から快晴の暑い日であった。学校へ出勤して、自分の教室の窓を開けていたところ、まっ青な南の上空の山の上に「ピカッ」と閃光が走った。雨も降っていないのに稲妻が走るとは不思議なこともあるものだなあと話しながら、訳の分からぬまま気にも止めていなかったが、数日してそれが広島に強力な特殊爆弾(原爆とは当時解っていなかった)を投下された閃光だったと解り、こんな山奥にも届く強烈な光だったのかと驚いたものだった。8月10日、いつものとおり授業をしていると、父が顔色を変えてやって来た。私に召集令状がきたという。粗末なピンク色のザラ紙に印刷されたものを持ってきている。来る12日に庄原実業高校に講堂へ出頭せよと言うものだ。いよいよ来たかと覚悟を決め、家に帰って身支度をし、眠れぬまま翌日、家族の者や先生、子どもたちや近所の人々に見送られて入隊のため学校をたっていった。本来は、広島の第5師団に入隊するのが本筋であるが、原爆で壊滅しているため、急遽ここを集合地ときめたのだという。集まったメンバーは比婆郡西部で当時残っていた40歳以上の丙種合格者と我々18歳位の予備役の者だった。確か100人位だったと思うが比婆防衛隊という隊が編成され、汽車で広島に行き、原爆の後片付けをすることになった。
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