村上春樹の新作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』について、早速、書評を試みたい。(1)ストーリー、(2)ラブシーン、(3)表現、(4)同時代認識と舞台設定、(5)商品としての村上春樹、等々、感じたところを述べたいが、論理的に整理できた意見になるかどうかは自信がない。また、以下はいわゆる「ネタバレ」になるので、その点をご容赦いただきたい。まず、率直な感想から言うと、前半はとてもスリリングで面白く、村上春樹の作品らしく、冒頭から読者を引き込み、幾筋もの謎が仕掛けられる。ドラマの展開に期待が膨らんでいく。しかし、後半、謎解きの段になると、物語の厚みが次第に薄くなり、期待が充たされず不満感が残る結末となる。これは、『1Q84』でも同じ感想を持たされた。中途半端で物足りなく、敢えて悪く言えば支離滅裂な、破綻と言えば大袈裟だが、物語全体が挫折し萎縮した印象を受けるのである。『海辺のカフカ』ではそれはなかった。物語の進行を追うほどに、オーケストラの交響楽のようにボリュームが大きくなり、クライマックスで最高潮に高揚し、フィニッシュのカタルシスは言いようもない至福感を残した。感動の余韻が尾を引き、翌日も心が痺れたままの状態が続いて、マスコミ報道を含めて頭が日常空間の情報を寄せつけなかった。圧倒的な精神の動員と興奮と昇華の体験だった。そして、村上春樹は2006年にフランツ・カフカ賞を受賞、ノーベル文学賞に最も近い世界的な売れっ子作家になる。