今日はジョン・レノンの30回目の命日。あれからもう30年も時間が経った。ネットでは微かにアニバーサリーの情報が見えるが、マスコミや業界は冷淡と言えるほど扱いが靜かで、ジョンに関心と尊敬を寄せる層が高齢化している現実を窺い知る。おそらく、ジョンの30回忌に何かを企画して世に問うべき者たちが、業界の第一線から引退を始めているのだ。若い世代はジョンやビートルズをよく知らず、当時の時代の空気を肌身で感じて育っていない。精神のカーネルの中にジョンの要素がない。ジョンの思想的影響という点からすれば、あくまで一般的にだが、若い世代はそこから自由と言うか、もっと言えば、ジョンの思想性については、自分とは無縁で異質なものとして、対立的な対象として、遠い過去のものとして捉えているだろう。「左翼」という否定的な観念と表象が被せられて、嫌忌的な存在として意識しているかもしれない。本当に、世界はジョンの理想や思惟からは遠い地上となった。ジョンの思いや願いが人の心に届かず、人の心に共有されない現世になった。世界は通信と情報のテクノロジーで繋がり、とても小さな界隈として一つに縮まったにもかかわらず、人と人の心が通い合わない空間になっている。金儲けと弱肉強食の論理だけが支配する、「グローバリズム」のプロトコルで人と人が関係する無機的な世界になっている。それは、ジョンの意志や希望とは敵対的なものなのだ。愛のない世界だ。