オーウェルの『1984年』を読んだのは、今から四半世紀前の1984年だった。若い人には記憶がない時代だが、バブルの前のとてもいい時代である。と言っても、端折って言えば、それは1970年代の政治がよかったから、その政治が作った延長上の経済社会であり、すでに1980年代前半から日本の政治はおかしくなり、中曽根康弘の親米新自由主義の路線がバブル経済への道を敷いていた。昨年、
村上春樹の小説を読んだが、1984年の時代がよく再現されているとは言えない。その後の時代の感性が持ち込まれている。村上春樹は、その時代の空気を小説の中に甦らせる天才で、『国境の南、太陽の西』や『ノルウェイの森』など、思わずハッと息を呑まさせられる描写があったが、『
1Q84』にはそれは特に感じなかった。日本の1984年は明るい時代で、日本経済は技術で第2次石油危機を克服し、半導体・エレクトロニクス・自動車で世界の頂点を極め、国内ではOA化が怒濤の勢いで推進され、ワープロとファミコンが秋葉原で売れていた頃だった。PCは16ビットのDOSの時代で、業界では20代の西和彦と孫正義が活躍していた。ソフトバンクというのは、名前どおりの会社で、パッケージのPCソフトを卸売りしていたベンチャー企業であり、ソフトハウスはどれも零細な個人営業だったため、ブランドを付けて全国に卸売りする流通業者が必要だったのである。激動の30年間を生き抜いた孫正義のビジネスの不死鳥ぶりには舌を巻く。