講演会を前に何冊か本を買い込んで読んでいる。その中の一冊に光文社の『
日本を変える「知」』があり、吉田徹が「政治改革」を批判する文章があったので紹介したい。店頭でこの本に目が止まった理由は、著者の一人に本田由紀の名前があったからである。最近、本田由紀の名前が入った新刊は必ず手に取っていて、無視して通り過ぎることができない。他の著者は、飯田泰之、鈴木謙介、橋本努。全体を流し読みした印象を正直に言うと、強く感じるのは言葉の軽さで、年齢の若いアカデミーの人間に特有の浮薄な言い回しや言説態度が目立ち、私は受容よりも拒絶の感覚が先行するのを抑えられない。アカデミーの人間の言葉が最も軽い。彼らは自覚がないだろうけれど、政治家の言葉よりも、マスコミの人間の言葉よりも、それ以上にずっと軽いのはアカデミーの人間の言葉だ。むしろ、この国の言葉を軽くしていった張本人はアカデミーではないのか。私はそう疑う。彼らは意識的に、重い言葉はダサいだのクラいだのと決めつけ、そこに「旧来左翼」の貼札を貼って貶め、自分たちの脱構築的な軽さを正当化する言説を吐き散らした。